月から日まで七日で終わる(2)

 頼堂らいどう幸善ゆきよしは部屋の片隅で膝を抱え、絶望していた。頼堂千明ちあきの要求は幸善の想定しているものを遥かに凌駕し、幸善の力でどうにかできることではなくなっていた。このままだと自分は死ぬことになる。その恐怖が人型を目の前にした時よりも明確に、幸善を襲ってきていた。


「大丈夫?」


 異常としか言いようのない幸善の様子に、佐崎ささき啓吾けいごも心配した様子で声をかけてきた。その佐崎の優しさに触れ、幸善は半分泣きそうになりながら、覚悟を決めて告げる。


「もしも、俺の葬式が行われることになったら、その時は少しくらい顔を見せてくれよな」

「え?怖い怖い…本当にどうしたの?」

「自殺するの?」


 真顔で聞いてきた杉咲すぎさき未散みちるにかぶりを振り、幸善は千明から受けた無理難題を二人に教えた。それに失敗すると、自分が死ぬことになるとも伝え、幸善は寂しそうに二人から顔を背ける。


「今まで、お世話になったな」

「そんな記憶はないけど?」


 杉咲の突き放したような発言も、絶望を前にした幸善には全く効果がなかった。さっきまで心配した様子だった佐崎は、既に苦笑いを浮かべて幸善を見ているが、そのことに気づけるほどの余裕は幸善にない。


「そんなに難しいことなのか?」


 三人の話を聞いていた様子の牛梁うしばりあかねが聞いてきた。どうやら、牛梁は音楽に詳しくないらしく、その難易度の高さが分からないらしい。幸善がそれに説明する気力が湧かず、どうしようかと思っていると、代わりに佐崎が説明を始めてくれる。


「仮にチケットが一枚しかないとして、それを欲しい人が十人いたら、入手できる確率は十分の一になるじゃないですか?その場合をチケット倍率で十倍とか言うんですけど、確かNoir.ノワールは最低でも三十倍とか四十倍はあるんじゃ…」

「そんなに人気なのか?」

「実際はもっと高いと思いますけどね。日本に来るのは年に一回あるかどうかで、日数も少ないので」

「それで取れるのか?」


 牛梁が何気なく、幸善に止めを刺す一言を言ってくる。現実の厳しさを思い出した幸善が、その一言に更に表情を暗くする。その様子を見た杉咲が不意に幸善の顔を覗き込んできた。


「大丈夫。人型を見つけるより高確率」

「いや、人型は向こうから勝手に来るし」

「なら、チケットも向こうから来るかも」

「チケットが歩いてくるって?」


 杉咲の励ましを一笑し、幸善は更に落ち込むことになった。自分が死ぬことはもう決まってしまったのだ。その思いから、幸善は今後、何をするべきなのかを考えていく。


「遺書でも書こうかな?」

「私はもう書いてるけど」

「え?」


 杉咲の一言に思わず驚いた幸善が顔を上げ、同じく驚いた顔の佐崎と目が合った直後、冲方うぶかたれんがその場に姿を現した。


「揃ってるみたいだね」


 そう言いながら、部屋の片隅に座り込んだ幸善を見て、冲方は一瞬、不思議そうな顔をした。しかし、醸し出す雰囲気から、話しかけると面倒なことになると察したのか、冲方は聞いてくることなく、タブレット端末を取り出した。


「支部長が問い合わせてくれた人型に関する情報が本部から送られてきて、例の双子の正体が分かったよ」


 その話に流石の幸善も聞かなければいけないと思い、立ち上がった他の四人に近づいていく。冲方はタブレット端末を四人に見せながら、説明してくる。


「一体はNo.18、ザ・ムーン。もう一体はNo.19、太陽ザ・サンだね。ただ、この二体はほとんど同時に誕生した上に、妖気自体が酷似しているらしくて、どっちがどっちなのかは分からないそうだよ」

「そんなことがあるんですか?」

「他に例はないけど、あるからあるとしか言いようがないね。どういうことなのかは良く分かってないよ。ただ気になる点としては、誕生時に女帝ジ・エンプレスの妖気も観測されていることだね」

「それが関わっているんですか?」

「かもしれないね。あくまで可能性の域は出ていないらしいけど」


 冲方がタブレット端末を使い終えたのか、そこで仕舞い始める。


「それで次の行動だけど、私達が二体の人型を発見したことで、その捜索を中心に動くことで決まったみたいだよ。姿も確認できてるからね。私達もそのために動くんだけど、まずはショッピングモールで聞き込みをしていこうと思ってる」

「ああ、確かに。あそこでずっと目撃されてますからね」

「そう。多分、あの周辺に潜伏してると思うんだよ。それを探そうと思う」

「分かりました」


 そのように返答し、ショッピングモールに向かうことが決まった直後、幸善はそこでの双子の目撃情報を思い出し、不思議に思うことがあった。東雲しののめ美子みこ愛香まなか四織しおりがそこで眠っていたことがあり、その際にかおるの使っていた匂いと同じものと思われる匂いが二人からしたのだが、その時、二人は特に何かをされた様子はなかった。今から考えてみると、あれはどういうことだったのだろうかと幸善は考えてみる。発見した人物に重戸えと茉莉まりがいたのだが、それも関与しているのだろうかと思ってみるが、それにしては状況の説明ができない。


 しばらく、そのことを考え、そのままショッピングモールに向かうことになったからだろう。気づいた時には、さっきまで死ぬほどに気にして、死ぬと思っていた絶望感を、幸善はすっかり忘れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る