兎は明るく喋らない(3)

 背もたれに凭れかかるように座り、鬼山は天井を眺めていた。様々な問題が重なり、一時はどうなるかと思ったが、それも多くは解決を迎え、少し落ちついてきた一方で、新たな問題が生まれている事態に、鬼山の頭痛は止みそうにない。


 次は何をするべきかと鬼山が考え込もうとした瞬間、ドアがノックされた。誰かと思いながら、鬼山が声をかけると、珍しいことに御柱みはしら新月しんげつが入ってきた。


「どうしたんだ?」


 驚きで鬼山が目を丸くしていると、御柱はいつもの冷めた表情で、鬼山の座るテーブルの前に置かれたソファーに腰を下ろした。手に持っていた鞄の中からタブレット端末を取り出し、それをテーブルの上に置く。


「急ぎの用事だ」

「急ぎの用?」


 鬼山が不穏さを感じながら、御柱の前に腰を下ろすと、タブレット端末を操作した御柱が、その画面を鬼山に見せてきた。画面には見知らぬ倉庫で取られたいくつものコンテナの写真が表示されている。


「これは?」

「先日、港近くの倉庫で不審なコンテナが保管されていると通報があった。通報人物は不明。コンテナの中身も分からず、開けるために必要な鍵もない。倉庫の所有者を探してみたが、残念ながら所有者は…」

「まさか、死んでいた?」

「殺人じゃない。病死らしいが、倉庫の管理はそれ以降、有耶無耶になっていたらしい」


 鬼山はずらりと並んだコンテナの写真を見ながら、その倉庫の場所を取り出したスマホで調べていた。港近くに並んだいくつかの倉庫の一つのようだが、その場所と中身から鬼山は首を傾げる。


「このコンテナを通報した人物がいるのか?」

「その点は不審に思った。元所有者の親族なら未だしも、誰かも分からない人物が一見して、これを不審なコンテナと判断するとは思えない。その通報者自体は疑わしい」

「誰かは特定できないのか?」

「残念ながら。声から男の可能性が高いことくらいしか分かっていない」


 御柱が鬼山にこの話を持ち込んだ理由は、その話を聞いていく中で何となく理解できた。要するに、コンテナを調べるのだが、その発見に至った経緯から怪しさしかないため、仙人に同行して欲しいということのようだ。


「分かった。人員の手配なら任せろ」

「頼んだ」


 タブレット端末を仕舞い始めた御柱の動きに、話はそれだけなのかと思った鬼山が立ち上がろうとした瞬間、鞄を漁っている最中の御柱が口を開いた。


「それから、もう一つ」

「まだあるのか?」

「本部から通達があった。頼堂幸善に関する通達だ」


 その一言に鬼山は驚き、自然と目を見開いていた。まさか、御柱は本部に掛け合っていたのかと前回の一件から考えたが、御柱は軽くかぶりを振る。


「言っておくが、頼堂幸善の処遇に関する話ではない。あれは人型の捕縛を一定の功績と判断し、今回は見逃すことにした」

「そうか…なら、それを今度、本人にも言ってあげてくれ」

「その必要はないと思うが?」


 当たり前のように返答する姿に、鬼山は御柱らしさを感じたが、らしいという言葉で片づけようとは思わなかった。今度は鬼山がかぶりを振ると、御柱は「検討する」と小さく呟く。


「それで、それ以外の件か?」

「聞いていないのか?事前に本部から頼堂幸善に関する報告が行っているはずだ」


 その一言に鬼山はさっき考えようとしていた問題の一つを思い出した。万屋よろずや時宗ときむねから聞き、幸善に話さなければいけないと思っていたことなのだが、未だに鬼山は話せていない。そのことを鬼山の様子から察したらしく、御柱が冷ややかな視線を送ってきた。


「まだ伝えていないのか?」

「ああ…」

「なら、早く伝えるべきだ。本部から一度、に言われている。その返答もしないといけない」

「本部は問題視しているということなのか?」

「それは分からない。ただに話が来たことを考えると、何かしらの形で重要視していることは確かだ。お前が時間をかけるべきではない」

「ああ、分かった…」


 その返答は力なく、鬼山の口から零れた。御柱の話はそれで終わりだったようで、荷物をまとめ終えた御柱は、そのまま部屋から出ていってしまう。その寸前、念を押すように鬼山に声をかけ、鬼山は再度弱々しく答えた。


「さて、どうするか…」


 呟いた自分自身の声に、鬼山の気持ちは一層暗くなった。

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