兎は明るく喋らない(4)

 確認された失踪人は八人だった。始まりは十日前に佐伯さえき友香ゆかという女子大生の失踪が確認されたことだ。そこから、短期間で八人もの女性が失踪している事実に、人為的な何かがあることは明白だった。


 幸善達はその何かの正体を探るために、失踪した女性の家を順番に当たることに決めて、前日も訪れた佐伯の家を再び訪れていた。Q支部から徒歩で二十分ほどのところにある家賃六万のワンルームマンションだ。そこの一室に佐伯は住んでいた。


「それでは、まず部屋に入ってみますか」


 冲方がマンションの管理人から佐伯の部屋の鍵を借り、幸善達は佐伯の部屋に入っていく。前日も中を見たが、部屋全体に物が少なく、手掛かりになりそうな物は一つも見当たらない。


「これは昨日もこの感じでしたか?」

「でしたね。流石にいろいろと見てみたんですけど、特に変わった物は見つからないというか。そもそも、何を見つけたら手掛かりになるのか分からないというか」

「どこまでかは分からないけど、基本的な手掛かりは警察も調べているだろうからね。私達が見つけるとしたら、人型に関わりそうな手掛かりだから…」

「そんな物がありますか?」

「ないね、普通」


 幸善が項垂れ、佐崎が苦笑し、杉咲が興味なさそうに部屋の中を見回す。三者三様の反応に冲方は反応することなく、考え込み始めた。


「そもそも、昨日調べたんだよね?」

「まあ、一応は」

「それなら、今日はご近所さんに聞き込みしようか。例の目撃情報も詳細に聞きたいしね」


 冲方が言うところの例の目撃情報が何を示しているのかは聞くまでもなく分かった。幸善もその情報は気になっていたので、詳細を聞けるのなら聞きたいと思い、冲方の言葉に頷く。


 それから、冲方を先頭に幸善達は隣の部屋の前に移動したのだが、残念なことに隣の家は留守だった。流石に女子大生が一人で住むくらいの部屋なので、同じマンションの住民も一人暮らしばかりだ。それも学生や会社員が多く、この時間帯はその多くが留守らしい。実際、それ以降もしばらく留守の家が続いたのだが、佐伯の部屋から二部屋挟んだ部屋で、ようやく住民が出てきてくれた。佐伯より少し年上の女性で、夜の仕事をしているらしく、今は仕事の準備中だったそうだ。佐伯の話を聞きたいと冲方が説明すると、缶コーヒーくらいは渡せそうなくらいにはドアを開けてくれた。


「行方不明の佐伯さんについてお聞きしたいのですが、何か知りませんかね?」

「警察にはいろいろと話したんですけど」

「警察とは別に依頼されていまして…」


 そう答えてから、冲方はスマホを取り出し、何かを女性に見せていた。何を見せていたのか、その時は分からず、後になって訊ねてみたが、企業秘密と言うばかりで教えてはくれなかった。


「警察に話したことでいいんですか?」

「それをお願いします」

「変わったことというか、少し前から凄く良く似た、多分双子だと思う男の子と女の子が出入りしてました。凄く派手な髪色をしていたんで良く覚えています」

「その子達の他の特徴とか覚えてますか?」

「他の…ですか…?」


 狭いドアの隙間からでは、その女性の表情を確認できなかったのだが、そこからしばらく考え込み始めたことは幸善にも分かった。情報は双子であること、髪の色が派手であること、それくらいしかないのかと幸善が思った直後、思い出したように女性が声を出す。


「そうそう。それから、あの子達が二人で話している声を聞いたんですけど、そこでお互いのことを『にいに』、『ねえね』って呼び合ってたんですよね」

「お互いに?」

「はい。両方が兄で姉ってどういうこと?って不思議に思ったんで覚えてます」


 冲方が怪訝な目でこちらを見てきたが、こちらも同じ目を返すことしかできなかった。どういうことかは分からないが、髪色の派手さといい、変わった双子であることは確定のようだ。


「その子達が出入りし始めた以外に変わったことはなかったですか?」

「それ以外となると、覚えているのは…珍しく、香水をつけていたことくらいですかね?」

「香水?」

「そう。すれ違った時に微かに匂ったんです。変わった匂いの香水。それまで、そんなことがなかったから珍しいなって思って」


 幸善は佐崎と杉咲を反射的に見ていたが、二人共かぶりを振り、自分もかぶりを振り返した。少なくとも、三人が調べた時点で部屋の中に香水はなかった。それらしきゴミも確認されていない。


「何の匂いとか分かりますか?」

「いや…ただ嗅いだことのない匂いでした。嗅いだことのない匂いなのに、決して不快な匂いではなく、とても変わった匂いだなって思いましたね」

「あの!」


 ドア越しで顔は見えなかったが、幸善は女性に向かって声をかけた。冲方しか確認していなかったようで、死角から飛んできた声に驚いたのか、女性の声が少し震えて返ってくる。


「は、はい…?」

「佐伯さんの家に男が出入りしているとかはなかったですか?」


 幸善は薫の姿を思い出しながら、その質問をぶつけていた。薫が動いていることは既に確認済みだ。そこに匂いの話が出てきたのなら、薫が接触している可能性が高い。

 そう思ったのだが、女性の返答は望んでいたものとは違った。


「いえ、男の出入りはなかったと思いますよ。そういう話も聞きませんでしたし」

「そ、そうですか…」


 違ったかと幸善が残念に思う中、冲方が女性に礼を告げて、次の部屋に移動する。次の部屋も住人はいたが、あまり佐伯のことを知らなかったようで、そこで有力な話は何一つ聞けず、その後は留守の家が続いたため、女性から聞いた話が情報の全てになってしまった。


「双子が関わっていそうなことは確定しましたけど、それ以外は分かりませんね」

「取り敢えず、次の人の家にも行ってみようか。この双子の話が確定したら、その双子との接触場所を割り出すことで、失踪した理由に繋がるかもしれない」

「そうですね。そうしましょう」


 調べるための方針が決まり、幸善達は佐伯の家を後にした。

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