兎は明るく喋らない(2)

 迎えた放課後、頼堂らいどう幸善ゆきよしはQ支部を訪れていた。佐崎ささき啓吾けいご杉咲すぎさき未散みちると合流し、昨日と同じようにかおるの捜索を始めるためだ。Q支部に到着したら、すぐに佐崎や杉咲が待っているはずの部屋に向かう。


 しかし、その途中、自然と考えてしまうことは秋奈あきな莉絵りえの容態だった。キッドとの戦闘で重傷を負った秋奈は、何とか一命を取り留めているが、未だに危ない状況だと聞いた。知り合いが死にかけていて、落ちついていられるはずがない。それは佐崎も同じだったようで、幸善達が昨日行った捜索は、ほとんど時間の無駄でしかないようなものだった。何も見つけられなかったというよりも、何も見つけようとしなかった感じだ。他の人達が同じ方法を取ったら、きっと一つくらいは証拠になりそうなものを見つけたはずなのに、幸善達はそれができなかった。


 今のままだと昨日と同じことになる。やはり、秋奈の見舞いくらいには行きたい。そう思っていた幸善が、佐崎達と合流するために訪れた部屋には、既に冲方うぶかたれんもいた。


「あ、冲方さん」

「頼堂君、昨日はごめんね。今日は私も一緒に向かうから」

「ああ、そうなんですね」


 幸善が部屋の中を見回し、既に待っていた佐崎と杉咲を見る。佐崎は幸善と同じことを考えていたようで、その表情は少し暗く、目が合った幸善に苦い笑みを向けてくる。


「それから、牛梁うしばり君だけど、遅れて合流するそうだから」

「え?牛梁さんも来るんですか?」


 頷く冲方に幸善だけでなく、佐崎も驚いたようだった。牛梁あかねはキッドの襲撃によって生まれた多数の負傷者の治療補助のために、昨日は忙しいと聞いていた。まだ数日はそちらに回るのかと思ったのだが、そういうことでもないらしい。


「負傷者はどうなったんですか?」

「ああ、そちらは何とか助かったようだよ。元々、一番危ない状態だったのが、秋奈さんだったみたいなんだけど、その秋奈さんも危険な状態は脱したらしい」

「そ、そうなんですね…」


 その一言に妙に安堵し、幸善は大きく息を吐いた。佐崎も胸を撫で下ろした表情をしており、隣の杉咲が少しだけ不機嫌そうに佐崎を見ている。


「ただ秋奈さんは流石と言うしかないね。攻撃自体は急所を外れていたらしいんだけど、それでも傷の深さ的には普通は死に至るはずらしいんだよ。ただ序列持ちナンバーズに数えられるだけあって、そもそもの仙気の量が多かったそうで、それが回復の補助をして、結果的に助かったらしい」

「それって、秋奈さんじゃなかったら助かってなかったってことですか?」

「まあ、少なくとも私だったら死んでいたね」


 笑って語る冲方に対して、幸善は欠片も笑えなかった。改めて実感した死の近さに、恐ろしさすら覚えてくる。幸善自身が死にかけるよりも、遥かに周囲の人間が死にかける方が怖いと改めて思った。


「ただ秋奈さん自身はまだ目覚めてないみたいだから、お見舞いに行っても直接逢うことはできないと思うよ」

「ああ、そうなんですね。いや、そうですよね」


 回復した直後に目が覚める程度の傷なら、そもそも死にかけてはいないはずだ。死にかけたということは、それだけ傷が深かった証拠であり、そこからの回復に時間がかかるということも証明している。当たり前のことかと考えたら、すぐに思った。


「それで、これから捜索に向かうけど、その前に昨日の進捗を確認してもいいかな?」


 冲方にそう聞かれた途端、幸善と佐崎が表情を強張らせた。秋奈が助かったという一報で、ホッとしたのも束の間、二人は完全に口が固まってしまい、冲方の質問に答えられなくなる。


「どうしたの?」

「昨日は失踪者の部屋を訪れて、軽く中を見ました」


 唯一強張っていなかった杉咲が、二人の代わりに説明し始めた声を聞き、幸善と佐崎の表情が一瞬で険しくなった。その変化を気にすることなく、杉咲は言葉を進める。


「以上です」

「え?何か見つかったの?」

「いえ、そこまで調べられてません」

「どういうこと?」

「啓吾…だけでなく、二人共上の空だったので」


 そう答えた杉咲が軽く佐崎を睨みつけ、幸善は妙なことに巻き込まれたと思った。その思いに笑いを浮かべる余裕もなく、冲方が幸善と佐崎に目を向けてきてから、苦笑いを浮かべていた。


「まあ、そうか。分かったよ。それなら、今日は一から調べ直そうか」

「お願いします…」


 力なく呟いた幸善の言葉に、冲方が再度苦笑いを浮かべ、四人は薫の捜索のためにQ支部を後にすることにした。

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