兎は明るく喋らない(1)

 該当の時刻の映像を再生し、再度行動を確認してみたが、パンク・ド・キッドとシェリー・アドラーは忽然とQ支部内から消えていた。何度目かの確認を済ませた鬼山きやま泰羅たいらが、その映像の不可解さに眉を顰める。


「影で姿が見えなくなって数秒しかなかったはずだ。その数秒でどうやって消えた?」

「分かりませんが、これ以降はQ支部内のカメラに11番目の男ジャックの姿を確認できませんね」


 軽石かるいし瑠唯るいが他の映像を確認しながら、そう答えた。ラウド・ディールと対面していた途中に姿を消してから、キッドは未だに発見されていない。


「Q支部の各扉から周辺の映像を確認してみましたが、11番目の男の姿は見つかりません」


 鬼山が確認する前に、並行して映像を確認していた白瀬しらせ按司あんじがそう言ってくる。キッドはQ支部内で確認できないだけでなく、外に出た形跡すら発見されない。その姿は本当に消えてしまったようだ。


「どういうことでしょうか?」

「11番目の男が仙術を使っていたことを考えると、その一つの応用で自らの姿を隠した可能性は十分にあるな。問題はその証明ができないところだ。もしも、未だにQ支部内にいるのなら、かなり問題になる」

「そいつは問題ないと思うがなぁ」


 不意に鬼山の席でふんぞり返っていたディールがそう呟いた。鬼山達の視線が自然とディールに向くが、ディールは興味なさそうで視線すら向けてこない。


「どうして、そのように?」


 鬼山が思わず日本語で聞いてしまった言葉を飛鳥あすか静夏しずかが訳し、ようやくディールは軽く視線を鬼山に向けてくる。


「あいつの問題は恐らく、吊るされた男ザ・ハングドマンだぁ。この支部じゃない」

「吊るされた男?」


 飛鳥が通訳するよりも先に分かった発言に、鬼山は思わず眉を顰めた。ディールはキッドの目的が重戸えと茉莉まりだと言っているようだが、その根拠が鬼山には分からない。そもそも、仮に根拠があったとしても、その可能性があると鬼山はどうしても思えない。


「どうして、そのように思ったのですか?いや、そもそも、人型ヒトガタを11番目の男が助けると?」


 ディールが軽く飛鳥に視線を向け、飛鳥の通訳した英語を聞いた上で、椅子から立ち上がった。


「最大の理由はタイミングだぁ。吊るされた男を捕らえた直後にシェリー・アドラーが姿を現し、Q支部が捕らえることになったぁ。それをトリガーに11番目の男がQ支部の位置を特定し、侵入してきたと考えるなら、その行動の理由になるものとして、吊るされた男の存在が最も考えられるだろぉ?」

「確かにタイミングだけを考えるとそうですが、人型を助けるとはやはり…」

「助けるかという質問だが、それについては同感だぁ。前提として、人型が11番目の男と協力するとは思えない」


 自分の考えを否定するような考えを通訳した飛鳥から聞き、鬼山はその言葉に驚愕した。この男は何を言っているのかという思いがそのまま、鬼山の表情に出てしまうが、ディールはその表情を気にすることなく、鬼山に説明しながら距離を詰めてくる。


「そもそも、11番目の男の行動理由が何も分かっていない。奇隠を去った理由も、そこから姿を隠した理由も、再び姿を現した理由も、何も分かっていない。そうなると、11番目の男がは十分にある」

「どのように?」


 鬼山が英語で方法を聞いたところ、ディールはしばらく動きを止め、ゆっくりと視線を動かしてから、不思議そうに首を傾げた。


「さあ?それは11番目の男に聞けよぉ」


 ディールは考えることを放棄したように、再び鬼山の座っていた席に座り、再びふんぞり返り始める。その姿に鬼山は反応に困ってしまったが、その考えは一考する余地があるように思った。少なくとも、キッドの行動理由が分かっていない以上、鬼山に否定する材料はない。


「まずは吊るされた男に11番目の男と協力している可能性を聞けばいい。そうしたら、一つの可能性の答えは出る。まあ、俺は11番目の男が人型を使って悪巧みをしているように思うがなぁ」


 そう笑いながら言ったディールが、何かを思い出したように、不意に笑みを止めた。その突然さを怪訝に思った鬼山が視線を向け、どうしたのかと聞いてみるが、ディールは何も答えない。


「分からねぇーなぁ…」


 小さく呟いたディールの声に、鬼山は怪しさを覚えながらも、詳しく追及することをせずに、重戸から話を聞くことに決めた。

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