死に行く正義に影が射す(13)

「どうして、ここにいるんだ?」


 不思議そうに呟く土田に、キッドは笑いが止まらなかった。キッドがこの場所に現れるとは露ほどにも思っていなかったようだ。この場所にキッドが現れた理由を考えているようだが、それを考えても分かるはずがない。


「レミィ。もういいぞ」


 キッドが土田の背後に向かって声をかける。その直後の変化に、流石の土田も気づいたようで、自分の背後に目を向けていた。


 土田の影。そこから、まだ若い一人の少年が姿を現した。いつもと同じ眠そうな目で、頭をポリポリと掻きながら、キッドのいる場所まで歩いてくる。


「凄く退屈だった」

「まあ、そういうもんだから仕方ない。次は時間の潰し方を教えてやるよ。素数とかどうだ?」

「つまらなさそう」


 レミィ・プーの呟きにキッドは笑い声を上げた。その光景を土田は未だに不思議そうな顔で見ている。


「何だ?今のは?」

「別に大したことじゃない。そういうなんだよ。まあ、ちょっとけど、奇隠くらいなら余裕だと思ったんだけどな。そんなことより…」


 キッドが土田と倉庫の中に並んだコンテナを交互に見る。そのコンテナの中身は分かっているのだが、どれだけ近づいても、その中身が知っているものとは思えない状態に、思わず感心の声を漏らした。


「確かに。これなら、奇隠も分からないな。凄いな~。これは俺も欲しいよ」

「何が狙いだ?」

「そう質問するってことは、あんたらも俺達の動きを察知できてないってことか…それなら良かった。ちゃんと隠れられているらしい」

「質問に答えろ!何が狙いだ!?」

「これ。それから…」


 上げられたキッドの指がコンテナを示してから、ゆっくりと土田に向いた。


「お前」


 それを敵対行為と即座に判断したようだ。土田は自らの腹を手で貫き、その中身を弄った。その行動の痛々しさにキッドが思わず顔を顰めた瞬間、土田が何かを取り出し、こちらに投げつけてくる。


 それが肋骨であると分かった直後、その骨が肥大化し、巨大な鎌のような鋭利さを持って、キッドに迫ってきた。それをキッドは一歩も動くことなく、足下の影を伸ばして受け止めた。そのまま、伸びた影を絡ませるように骨に巻きつけ、締めつけることで巨大な骨を砕く。


「えぐい攻撃するな~。もうちょっとスマートに戦えないのか?」


 キッドの質問を無視するように、土田は両手を再び腹部に突っ込み、取り出した肋骨を地面に突き立てた。その攻撃とは思えない行動にキッドは首を傾げる。


 その直後、キッドを囲むように、巨大な骨が地面から突き出した。そのまま、口に含んで噛むように、骨がキッドを覆ってくる。


「あらら」


 キッドが呟いた瞬間、地面から突き出した骨がキッドを完全に覆った。そこから、一気にサイズを小さくし、キッドの身体を圧迫しようとする。


 しかし、その前に内側から膨らんだ影が骨を打ち破った。その勢いのまま、電気が迸るように四方八方に影が伸びていき、倉庫の一部を壊していく。


「薄らと分かっていたことだが、人型には当たり外れがあるな。妖術の対極に仙術があるのかと思っていたが、実際は仙技程度の妖術しか使えない奴もいるみたいだ。まあ、もちろん、並の妖怪よりは強いんだろうけど、結局は仙人の相手じゃないってことか?」

「意外だな。奇隠をやめたと思っていた男が、仙人とか妖怪のことを語るんだな?」

「ああ?別に仙人をやめたわけじゃないから。俺はになることにしたんだよ」


 キッドの言葉の意味が分からなかったのか、土田は不思議そうな顔でこちらを見ている。その姿にキッドも不思議に思っていた。さっきの言葉はもう少し大きな力を見たいと思い、土田をわざと挑発したものなのだが、土田は怒るどころか、苛立った気配すらない。


 どういうことだとキッドが考え始めた瞬間、キッドは背後の気配に気づいた。誰かいるのかと思い、振り返ろうとした時に、その背後の気配がキッドに飛びかかってくる。


 それは原田だった。


「ああ、そうか。こいつらがいたんだった」


 キッドが思い出したように呟いた瞬間、原田の身体が膨張し、内側から骨が露出する。その骨が肥大化し、キッドの身体を飲み込もうとする姿を見て、キッドは小さく笑みを浮かべた。


「こういう使い方もできるのか。意外と便利だな。まあ…」


 キッドが自分を包み込もうとする骨に向かって両手を伸ばし、そこから飛び出した影によって骨を粉砕する。


「意味はないが」


 笑って呟くキッドに、土田は眉を顰めながら、自分の腹を摩っていた。その動きと土田の様子に、キッドは少し考える。


「さっきから腹を気にしているが、やっぱり、腹から骨を取り出すのは負担が大きいのか?それとも、肋骨しか飛ばしてこないところを見るに、取り出せる骨に限りがあるのか?」


 キッドの呟きに対する土田の反応を窺い、キッドは自分の仮説が間違っていないことを確信した。どちらが正解したか分からないが、どちらにしても、土田の攻撃には限界があるということだ。


 それはつまり、一つ一つの攻撃を無駄にできないということだ。そう思った瞬間、キッドの気持ちが一気に冷めた。


「はあ…そうか…これが精一杯ってことか…まあ、そうだよな…元から戦闘向けに見えなかったし…」

「何を言ってるんだ?」

「ああ、もう力を見るのはいいかって思ったんだよ…何というか…人型の底も見えたなって」


 その一言に土田はようやく激怒した表情を見せたが、それでは既に遅かった。キッドが軽く手を動かした直後、土田の影が土田の足を軽く飲み込んだ。


「な、んだ!?これは!?」

「必要なのはだ。さっさとくたばってくれ」


 キッドが何かを握り潰すように、空中で手を強く握った瞬間、土田の身体が影に飲み込まれ始める。


「影が…!?」


 咄嗟に土田が腹から骨を取り出し、地面に投げつけることで地面を砕いたが、その行動に意味はなかった。この時点で既に土田の足元の影は実体化していた。


「何だ、これは!?何をする気だ!?」

「聞く必要はないから。もう終わったんだよ。それだけ理解してくれ」


 やがて、土田は自分の影の中に沈み込み、倉庫の中は一瞬で静まり返った。ゆっくりと時間を数えながら、キッドが土田の立っていた場所に近づき、そこに残ったままの影を見る。


「もうそろそろか?」


 パンと手を叩いた瞬間、残っていた土田の影が膨らみ、そこから土田の身体が飛び出した。ぐったりと力なく倒れ込んだ土田に、キッドは軽く触れてみて、満足したように笑う。


「パンク?」


 土田の身体を探り始めたキッドにプーが声をかけてきた。キッドは土田の身体から目的の物を見つけ出し、それをプーに投げて渡す。


「この鍵と合うコンテナを探してくれ。見つけたら、そいつとこいつを連れて帰ろう。これでシェリーも喜んでくれる」

「分かった」


 コンテナに登っていくプーを見送り、キッドは満足そうに微笑んだ。当初の予定と少し形は違うが、最低限度持って帰ると考えていたものは手に入れられたことに、少し安堵していた。

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