死に行く正義に影が射す(12)

 女性は原田はらだと名乗っていた。肩ほどの長さの茶色い髪に丸眼鏡、身にまとったスーツが特徴的な彼女だが、その見た目の幾分かは彼女にとっての親から与えられたものだ。実際の彼女は視力が悪いわけではなく、丸眼鏡をかける必要はない。スーツの着用を義務とする会社に勤めているわけでもないので、着る服がスーツであることにも特別な理由はない。


 それらを窮屈に感じることもなく、彼女は彼女にとっての親に従うまま、その格好を続けているのは、彼女にとっての親が彼女にとって絶対だからだ。そこに逆らうことはあり得ない。その考えすら湧かない。


 それは彼女の格好に限った話ではなく、彼女の行動もそうだった。彼女には彼女にとっての親から与えられた役割があり、その役割をこなすことだけが彼女にとっての生きがいだった。存在する意味とも言い換えられることだ。


 その原田だが、普段は一人で行動していたわけではなく、鎌田かまたと名乗る男と一緒に行動することが主だった。鎌田は刃物を目元に隠しているのかと疑うほどに目つきの鋭い男で、その表情の怖さからか、鎌田に話しかけられて固まらない人はいなかった。

 ただ原田が鎌田を怖れたことはなかった。鎌田は彼女にとっての親の同僚であり、彼女にとっての親から指示された同行するべき相手だ。その相手からの命令が彼女の従うべき命令であり、そこに不思議さを覚えたことはなかった。


 その鎌田と一緒に彼女はできるだけ多くの景色を見た。多くの人々を観察した。特に特定の職業の人々は必要以上に観察した。それが彼女に与えられた役割であり、彼女はそのために送り出されることが多かった。


 彼女は観察に優れていた。人々の中に溶け込むことができる上に、彼女は複数の目を持っていた。彼女は彼女が観察するべき対象が複数いても、その全てを問題なく観察することができた。もちろん、そこには上限があったのだが、それは大した問題ではなかった。その上限に達することがなかったからだ。必要とするべきなのは、常に一定の数を観察する目だった。

 彼女の記憶は彼女にとっての親に共有された。それは時に言葉として、時にそれ以外の方法として、彼女の記憶が彼女にとっての親に伝えられた。


 そして、今日も彼女は彼女の仕事をこなしていた。何が起きたのかは明確に分からなかったが、二人の外国人が大きな問題を起こしたことだけは分かった。それは扉を開けて出てきた二人の外国人の様子と、それによって生まれた混乱具合から想像することができた。

 これで彼女に与えられた今日の仕事は終わり、彼女は彼女にとっての親のところに帰っていく。市街地を離れ、港の近くにある倉庫に彼女は到着し、その中に入っていく。


 そこで一人の男が待っていた。少し遊ばせた茶色い髪、丸眼鏡、黒いスーツ。その見た目の全てが原田と同じもので構成されているこの男こそ、彼女にとっての親だった。彼女が倉庫に入っても、その男は彼女が来ることを分かっていたので、そこにリアクションはない。目の前に置かれたいくつものコンテナを見つめて、男は必死に考えている。その近くに移動し、原田が立った直後、その男が原田の頭に手を置いた。


 その瞬間、原田がになった。地面に落ちて、コトンと音を立て、さっきまでそこにいた原田は綺麗に姿を消す。

 代わりに男の手が自分の腹に移り、そこに増えた膨らみを確認した。


「混乱しているなら、脱出するなら今かな?」


 そう呟いた男は、その名前を土田つちだと名乗っていた。もちろん、その名前は偽名だったのだが、人間として行動する上で、その名前は必要だった。


 彼の正式な名前はNo.11、奇隠に正義ジャスティスと名づけられた人型だ。


 土田はコンテナを触りながら、その中身を思い出し、小さく安堵したように呟く。


「しかし、11番目の男には感謝しないと…おかげでマムに怒られずに済みそうだ…」

「ほう、なるほど。あの化け物達は女帝ジ・エンプレスの作った妖怪だったのか」


 不意に聞こえてきた声に驚愕し、土田は声のした方に目を向けた。ゆっくりとこちらを歩いてくる人影は、そこに本来はいないはずのものだ。


「だけど、何で奇隠は気づかないんだ?は同じはずなのに。まさか、そんなになのか…?なら、やりやすそうだな」


 英語を話しながら近づいてくる人物が、暗がりから顔を出したことで、土田は驚愕と同時に表情を固めた。


「11番目の男…?」


 その呟きにキッドは不敵な笑みを浮かべた。

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