死に行く正義に影が射す(11)
迎えた放課後、昨日の約束通りにQ支部を訪れ、佐崎や杉咲と合流しようとした幸善は、そこでQ支部内で何かが起こったことを知った。頑丈で容易に壊れなさそうに見える廊下の壁がいくつも崩れ、その下には何かがあったと分かる赤い跡が残っている。それらの跡はQ支部内の廊下に不規則に並び、入口からQ支部の奥に向かっているようだ。
それらが11番目の男による攻撃だと幸善が知ったのは、佐崎や杉咲と合流した後のこと、冲方の説明によってだった。話によると死者は数十人以上に及び、死体の多くは二つや三つに分かれているようだ。負傷者も数人いるらしく、その中には秋奈も含まれているらしい。その治療を手伝うために、今日は牛梁が来ないと伝えられた。
「秋奈さんは大丈夫なんですか?」
幸善の質問に冲方は表情を曇らせ、首を軽く傾けた。冲方の返答の歯切れの悪さが、秋奈の容態の重さを理解させ、幸善は表情を強張らせた。
「11番目の男による被害の調査と、被害者の治療はQ支部でするから、君達は人型の調査に行ってきて。頼むよ」
冲方はそのように指示してきたが、幸善はその指示をすぐに受け入れることができなかった。それは何も幸善に限った話ではなく、佐崎も同じだったようで、険しい表情のまま、冲方に返事もせずに幸善に目を向けてきた。
「本当に行ってもいいのですか?何か手伝えることがあるのでは?」
佐崎は幸善の反応を窺いながら、冲方にそう聞き返した。その途端、冲方の表情が険しくなり、幸善と佐崎を半ば睨みつけるように見てくる。
「違うよ。君達は勘違いしているけど、この事態に発展したのだから、人型の調査を第一に考えるべきなんだよ。少なくとも、11番目の男がQ支部を直接攻撃できることも、それが可能なだけの力があることも照明されてしまったのだから、憂慮すべきことは一つでも減らさないと」
「それは…」
佐崎が言葉に詰まり、再び幸善に目を向けてきた。幸善は秋奈が死にかけていると聞き、そちらが気になって仕方ないのだが、冲方の言っていることも理解できる。佐崎と一緒に幸善も、その返答に困ってしまい、口を濁らすことしかできなかった。
そうしていたら、不意に杉咲が佐崎の腕を引いた。それに驚いた様子の佐崎が杉咲に目を向けると、杉咲は当たり前のように口を開く。
「行こう。時間がなくなるから」
「未散…」
「人にはできることがあるから。私達にできることをしないと」
杉咲の言っていることは分かっていることだった。いくら秋奈が心配だからと、幸善が向かっても何かができるわけではない。廊下に残された傷を修復する力もない。幸善や佐崎が残って、何かできるわけではない。
それでも、簡単に切り替えできるほどに、Q支部の廊下に広がる光景は優しいものではなかった。冲方と杉咲に幸善も佐崎も何も言えないまま、静かな時間がしばらく過ぎる。
やがて、幸善が何とか現状を飲み込んで、口を開いた。
「分かりました…では、調査のためのデータをお願いできますか?多分、奇隠は把握していると思うんですけど、最近の失踪事件に関するデータを…」
「うん、分かった。送っておくよ」
そう約束してから、幸善達が集まった部屋を出ようとした直前、忘れていたように冲方が声をかけてきた。
「そうだ。一つだけ、頼堂君」
「はい…?」
「今回の一件は水月さんには内緒でお願いするよ」
「ええ?どうして?」
「一応ね。心配なんだよ」
この時の幸善の頭は真面に回っていなかったため、冲方が何を心配しているのか分からなかった。ただその言葉に頷き、水月に話さないことだけを覚え、幸善は佐崎達と一緒にQ支部を後にする。
失踪事件に関する資料が送られてきたのは、その後だった。資料から該当する現場を回り、目撃者に話を聞く。ただそこで聞けた話よりも、資料の中に残された秋奈の証言の方が幸善は気になってしまった。目撃された双子が秋奈や葉様の逢った男の子と同一人物である可能性が書かれているのだが、その秋奈の名前に今の秋奈の容態を思い出し、無事なのかと不安な気持ちが募る。
結局、11番目の男の残した被害はQ支部の中に留まらず、幸善達の心も十分に掻き乱したようで、この日は真面な結果を出せないまま、タイムリミットが来てしまった。
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