死に行く正義に影が射す(5)
アドラーの呟いた言葉の意味を考えながら、鬼山は他の仕事に手をつけていた。Q支部で抱える仕事は人型の捜索や11番目の男の捜索だけではない。妖怪に関わる基本的な業務は変わりなくあるので、それを疎かにすることはできない。
「あれ…?おかしいですね…?」
軽石がそう呟いたのは、その時だった。中央室で鬼山が妖怪の情報を確認している最中のことで、軽石は白瀬と一緒にアドラーの行動を確認しているはずだ。
「どうしたんだ?」
「複数の映像を遡り、シェリー・アドラーの姿を確認していたんですけど、発見された日以前の姿が確認できないんですよね」
「こちらも同じですね。一度発見されてからの姿は確認できたのですが、それ以前は全く確認できません」
軽石と白瀬の報告に、二人の眺めるモニターを覗き込んだ鬼山が、早送りで動き続ける映像に眉を顰めた。日本国内では目立つ存在のアドラーを見逃す可能性は少ない。二人が映っていないと言った以上、本当に映っていないのだろう。
「どういうことだ?カメラに映らないところを移動しているのか?」
「それでしたら、最初から映像に映らないんじゃないですか?発見することすらできなかったと思いますよ」
「だが、それ以前に映っていなかったのに急に映り始める理由がないはずだ」
そう言いつつ、鬼山はさっき思ったことを自分で疑問に思った。アドラーの姿を二人が見逃すはずがない。それは外国人であるアドラーが日本国内だと目立つからだ。
しかし、それだけ目立つのなら、そもそも周辺の人間が覚えているはずだ。実際、居場所を突き止めた時、アドラーが潜伏していたラブホテルの従業員はアドラーを認識していた。映像に始まったことではなく、それ以前に目撃情報が出ていなかったことが不思議で仕方ない。
「発見されたタイミングで、ここを訪れたのか?」
「その必要がありますか?移動しなければ潜伏先を特定されることもありませんでしたよね?」
白瀬の疑問は全うであり、鬼山も同じことを疑問に思っていた。発見されるリスクを考えると、アドラーが居場所を変える理由はなかった。元の潜伏先が仮にあるとしたら、そこにいる限り、鬼山達は特定できていなかったはずだ。
仮に移動するとしたら、潜伏先を鬼山達が突き止めかけていたか。もう一つは、と鬼山が思った瞬間に呟きが漏れた。
「自ら姿を現した…?」
「え?そんなことありますか?」
「いや、考え過ぎた…捕まるリスクを考えると、それを行う可能性は低い。奇隠の支部から自力で抜け出すことの難しさは、元仙人であるアドラーも理解しているはずだ」
他に理由があるのか、と鬼山が考えようとした時に、軽石が思いついたように顔を上げ、一つの可能性を呟いた。
「助けが来る可能性はありませんか?」
「外部から?いや、だが…」
「11番目の男ならQ支部でも入れますよね?」
確かに人型とは違い、仙人だった11番目の男なら、Q支部に侵入することは可能だ。アドラーの救援もできるだろう。
しかし、それを行うためには、いくつかの壁があった。
「11番目の男が来るとしたら、このQ支部に入るための入口の特定が必要になる。仮に特定できたとしても、Q支部に序列持ちがいることは11番目の男も知っているはずだ。ラウド・ディールは分からなくても、
それこそ、ディールが言っていたように11番目の男がアドラーを助ける理由がないと鬼山は思ったが、軽石は軽い思いつきを口に出し、その考えを否定してきた。
「序列持ちを相手にする自信があった場合はどうですか?それにほら、私もできたので分かりますけど、恋人関係なら多少の障害はなんでもありませんよ」
そう言いながら、照れた軽石に白瀬が冷めた目を送っていた。後半は半分惚気だったため、鬼山は無視したが、前半部分に関しては考慮する余地があると思った。
少なくとも、11番目の男には空白の二年間がある。その間に序列持ちに次ぐ男が、序列持ちに匹敵する男、延いては序列持ちを超えた男になっている可能性は十分にあった。R支部の顛末を考えると、支部の人数は意味をなさない。まさかとは思いながらも、Q支部に11番目の男が来る可能性の存在に、鬼山は少しだけ怯えたように眉を顰めた。
「アドラーはそれを考えているのか…?」
鬼山が呟いた直後のことだった。中央室全体で鳴り始めた音に、鬼山達の注意が周囲に向いた。音は中央室に限った話ではなく、Q支部全体に鳴り響いており、その音の正体を鬼山達はすぐに理解した。
「緊急警報か!?どこで鳴らされた!?」
「十六番入口付近です!該当の箇所の映像を映します!」
咄嗟に軽石がモニターに映像を映し、それを確認した鬼山が言葉を失った。
「これは本当か…?」
「間違いありません。現在のQ支部内の映像です」
鬼山は頭の中で忘れられないほどに覚えた11番目の男の顔を思い出す。その顔は間違いなく、目の前に映っている顔と同じだった。
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