死に行く正義に影が射す(4)

 アドラーの潜伏先の調査は迅速に進んだ。アドラーが11番目の男と接触していた可能性を考慮し、アドラー以外の人物が立ち入った形跡を中心に探したが、結果的にアドラーの潜伏していた部屋で何かが見つかることはなかった。アドラーは単独で目撃された通りに、単独で行動している可能性が高く、その目的は未だ不明。11番目の男の居場所も分からないこともあって、情報はアドラー本人から引き出すしかないと思われた。


 アドラー本人の取り調べは、Q支部内にある特別留置室で行われることになった。取り調べを担当するのは、言語的問題からディールに決まった。飛鳥あすか静夏しずかが担当する案も出たが、飛鳥の性格も配慮した鬼山の判断により、一瞬でその案は却下された。


 ディールとアドラーは特別留置室の中で互いに見合っていた。部屋の中には記録用の仙人がもう一人入り、別室では設置されたカメラの映像を鬼山達が確認している。まとまった部屋の中に入らないのは、特別留置室の性質上の問題だ。まとまって部屋に入り、事故が発生する可能性を考え、特別留置室に入る人物は最低限の人数と決まっている。


 アドラーが奇隠から姿を消して、約二年。それ以前からディールは奇隠の問題児として有名であり、既に序列持ちナンバーズの一人として活躍していたので、その姿は知っているはずだ。ディールが入ることにより、その威圧感からアドラーも口を割るかと思ったが、ディールがその可能性を否定したように、アドラーの態度は変わらなかった。ディール曰く、アドラーを確保した時もそうだったらしい。鬼山は話にしか聞いていなかったため、半信半疑だったが、その姿を見たら信じるしかない。


 アドラーの前に座り、ディールは不満そうに眉を顰めた。アドラーはその表情すらも、楽しそうに眺めている。


「貴方が相手してくれるのね?」

「他に最適な人物がいないらしいからなぁ。何より、俺だったらお前は絶対に逃げられない」


 特別留置室から逃げるチャンスがあるとしたら、それは中に人が入ってきた時だ。奇隠の仙人も特別留置室の影響は受けるので、その中に入った仙人を素手で倒せれば、そこからの脱出もできる。


 しかし、今回の場合はその人物が、序列持ちに拳一つでなった男、ディールだ。アドラーどころか、11番目の男であろうとも抜け出せないほどに強固な守りになっている。


「そんなつもりないから。安心して」


 そう笑って言い始めたアドラーに、ディールはやはり眉を顰めていた。アドラーの余裕綽々という態度が気に食わないようで、反応の一つ一つが鼻につくようだ。ディールは少し前屈みになって、半ば睨みつけるようにアドラーを見ていた。


「それで何が聞きたいの?」

「11番目の男の居場所。その目的。お前と11番目の男の関係。お前がここにいる理由。とにかく全てだ」


 捲し立てるように言い切ったディールに、アドラーは失望したように頭を抱えた。少し大きな溜め息をわざとらしく吐いて、部屋の中に置かれたカメラをチラリと見る。


「そんな質問でいいの?せっかく私を捕まえたのに?もっと他にあるでしょう?」

「いいから、答えろぉ」

「はいはい…」


 分かりましたとジェスチャーで示し、アドラーが腕を組みながら、思い出すように軽く上を見る。


「えーと…居場所は分からない。目的も知らない。関係は不明。ここにいる理由は」


 不意にアドラーがディールの顔を指差した。


「貴方に捕まったから」

「ふざけるなぁ!」


 苛立ちがピークに達しようとしているのか、ディールが力強く壁を殴って、壁に拳サイズの穴を開けかけた。その音にアドラーは驚いた顔をしてから、祝福するように手を叩いている。


「凄い!何もしなくても、拳で穴を開けられるくらいに強いのね?」

「舐めてるのかぁ?」

「それはこちらの台詞。貴方達こそ、そんなことを悠長に聞いている時間があるの?」

「何が言いたい?」

「さあね」


 風に舞った綿毛のように、ディールの質問の周りを漂うだけのアドラーに、ディールの怒りは限界に到達し、今にも吹き出しそうだった。このままでは何をするか分からないと判断した鬼山が止めに入り、ディールは特別留置室から無理矢理に出す。

 その寸前、ディールが最後にアドラーに向かって言った。


「何を余裕でいるのか分からないが、ただの二級仙人でしかなかったお前を、11番目の男がわざわざ助ける理由はない。お前がここから出られる可能性は存在しない。今の内に身の振り方を考えろぉ。じゃないと、全部曝け出させるぞぉ?」

「やだ、こわーい」


 アドラーがわざとらしく言ってのけ、ディールの神経を逆撫でするだけ逆撫でしてから、急に真顔に戻って呟いた。


「でも、本当にそうかしらね…」


 その呟きに鬼山も違和感を覚えたが、今はとにかくディールを部屋から連れ出す方が先決だ。鬼山は他の仙人と一緒に、ディールを連れながら、特別留置室を後にした。

 その直後、ディールが我慢できなかったように言ってくる。


「拷問の許可を出せぇ。何もかも吐かせてやるぅ」

「落ちついてください。時間ならあるんですから、ゆっくりと進めましょう」


 何とかディールを宥めながら、鬼山は再び特別留置室に目を向ける。アドラーの呟いた言葉を少し考える必要があるかと、この時の鬼山は思ったが、それでは

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