死に行く正義に影が射す(3)

 幸善は数日前に見た眠ったままの姿を思い出し、葉様はざま涼介りょうすけの傷が随分癒えたことに少しホッとした。見た目的には数日前まで怪我を負っていたと分からないほどに回復している。こちらを一切見ようとしない刺々しい雰囲気まで元通りだ。


 しかし、先ほどの冲方の話から考えるに、完全に治ったわけではないはずだ。少なくとも、身体の自由は利かないに違いない。万屋よろずや時宗ときむねの話から察するに、受けた毒の影響は手足に残ってしまったはずだ。


 そのことを考え、つい悲しげに葉様を見ていると、その視線に葉様が気づいた。幸善の顔を見て、気に食わなさそうに顔を歪める。その姿に幸善が言葉に迷っていると、佐崎ささき啓吾けいごが割って入るように幸善の隣まで来た。


「この前以来だね」

「あ、ああ…治ったんだな、葉様…」


 その呟きに佐崎は何とも言えない顔をして、幸善と同じように葉様を見た。


「まあ、少なくとも、表面上はね」

「やっぱり、後遺症が?」

「手足に若干の麻痺が。今はリハビリ中だけど、まだ細かい動きはできないみたいで、箸を使うのにも仙気の補助がいるみたい」


 幸善と佐崎の会話を聞いていたのか、その話に水月も絶句しているようだった。自分達を助けるために怪我を負った葉様の状態に、申し訳なさを覚えているのだろう。その視線に気づいた葉様が、気に食わなさそうに舌打ちする。


「では」


 さっきまで冲方と話していた傘井菜水なみが手を叩き、全員の注目を集めた。佐崎と杉咲すぎさき未散みちるを呼び、次に幸善と牛梁の方を指差してくる。


「二人は彼らと一緒に冲方君の指揮の下で、人型の捜索に回ってもらうから。これから、しばらくお願いね」

「分かりました」


 了承の言葉を口に出した佐崎の隣で、杉咲は無言のまま頷いた。即席冲方隊の完成のようだが、それを認めていない人物がその場には一人いたようだ。その人物が納得いかないという顔で口を開いた。


「俺を外す理由が分からない。俺はそこの二人と違って、ちゃんと動ける」


 そのように葉様が不満を漏らした。実際、葉様の言っていることは確かで、右腕を完全に動かせない相亀や、怪我の影響から激しい動きのできない水月に比べると、葉様は動ける方なのだろう。


 しかし、今の葉様が戦闘に巻き込まれた際に、問題なく戦えるかと言われると、その答えは分かり切っている。きっと葉様自身もそのことは理解しているはずだ。


「ダメ!あんたは真面に刀が握れるようになってから、そういうことを言いなさい!」

「刀くらいなら、もう握れる!」


 傘井に食ってかかった葉様を止めるように、佐崎が二人の間に入って、葉様の腕を掴んだ。


「なら、この手を振り解いてみてよ?」


 その一言に葉様は怒りを見せ、すぐに腕を思いっ切り振るっていたが、佐崎の手は葉様の腕を掴んだままだった。それから何度も、葉様は腕を振るっていたが、佐崎の手は接着されたように外れなかった。葉様は腕に仙気を移動させていたが、それは佐崎も同じことだったようで、条件が同じなら、今の葉様は腕を振り解くこともできないほどに弱っているらしい。


「俺の手も振り解けないのに、人型と遭ったらどうするの?大人しく死ぬの?」


 佐崎の言葉は少しきつく感じたが、葉様のことを思っての言葉だと幸善には分かった。それに何より、葉様に言い聞かせるためには、少しきついくらいの言葉を用いないと納得しないのだろう。最後に佐崎は駄目押しのように続けた。


「役立たずはいらないって、涼介も良く言っているよね?」


 反射的に怒ったように葉様が腕を振った瞬間、佐崎が手を放した。憎そうに佐崎を睨みつける葉様を見て、佐崎はひたすらに申し訳なさそうな顔をしている。


「あ、あの…!」


 その間に割って入る勇者が一人。水月だった。


「この前は本当にありがとう…それでごめんなさい…」


 そう呟きながら、頭を下げた水月を見て、葉様は眉を顰めたまま、何かを言おうと口を動かしたが、結局、言葉が出てくることはなく、そのまま幸善達に背を向けて、部屋から出ていってしまった。


「怒ってる…よね…?」

「大丈夫。涼介が怒っているのは、あんな状態になってしまった自分自身だから」


 脱線した話を戻すように傘井が手を叩き、再び全員の注目を集めた。その対応の速さと佐崎の反応から、葉様がいなくなることは傘井隊の日常らしい。幸善は葉様の様子が少し気になったが、会話はそれからも続き、住む地域の違いから、毎日の放課後を迎えると、Q支部で合流して、即席冲方隊で薫の捜索に行くことが決まった。


 それで話も終わり、幸善達が今日は解散しようとした時になって、Q支部の中が少しずつ騒がしくなってきた。その声を聞いた冲方と傘井が不思議そうに部屋の外を見る。


「どうしたんですかね?」


 幸善達もその様子に聞くと、冲方は振り返り、首を傾げた。


「何か動きがあったのかもしれないけど、良く分からないね。後で確認して、分かったら伝えるよ」


 そう言いつつ、帰るように促した冲方が、部屋を出る前に幸善に近づいてきた。そこで幸善にだけ聞こえる声で囁いてくる。


「相亀君達と水月さんを送ってあげて」

「え?あ、はい」


 わざわざ、そう伝えてくることを不思議に思ったが、幸善は特に気にすることなく、その日は家に帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る