死に行く正義に影が射す(2)

「はい、これ。お前にプレゼント」

「え…?何…?」


 頼堂らいどう幸善ゆきよしが唐突に突き出したプレゼントに、相亀あいがめ弦次げんじは困惑しているようだった。綺麗にラッピングの施された箱をまじまじと見つめるばかりで、警戒しているのか受け取ることすらしない。


「プレゼント?」

「そう。相亀に」

「何が入ってるの?」

「さあ?」

「え?分からないの?」

「うん」


 様子に気づいた水月みなづき悠花ゆうかと幸善のその会話によって、相亀の警戒心は更に増したようだった。確かに相亀の反応が面白く、少し揶揄いたい気持ちはあったが、それとは別に中身については幸善も知らないことで、今の会話の内容だとそう返答するしかない。


「どういうこと?」


 水月にも不思議そうにそう聞かれたので、幸善はようやく真相を相亀に伝える気になった。


「実はそれ、お前の骨折を聞きつけた東雲しののめが、さっき用意したプレゼントなんだ」


 Q支部を訪れて相亀達と合流する前、幸善は東雲美子みこ我妻あづまけいの二人と商店街の店に立ち寄って、そこで購入したと詳細な経緯を相亀に伝えた。いくら警戒心の膨らんでいる相亀でも、その話を聞いたら、少しは警戒心が解けたのか、困惑はそのままにゆっくりと左手を伸ばしてきた。


「そ、そういうことなら…ありがとう…?」

「疑問形だな」

「開けられる?」


 水月の問いに相亀は四苦八苦してみたが、ラッピングを破ることも難しそうだったので、代わりに水月が開封することになった。さっきも言ったように、東雲が購入した物を持っているところを目撃したわけではないので、幸善もその中身までは分からない。ただ購入した店は分かっているので、その中身について、あまり期待していなかった。

 綺麗に施されたラッピングをこれでもかというほどに慎重に開け、水月が箱を開封した瞬間、その低い期待値に見合った品が登場して、幸善は感嘆の声を漏らした。


「なるほど」

「いや、なるほどじゃなくない?これ何?」

「何って…じゃない?」

「何で孫の手?」

「やっぱり、片腕使えないから背中掻く時に不便じゃん?そういうこと」

「どういうことだよ…」


 東雲が購入した品であることが念頭にあるためか、いつもほどの迫力はないながらも、非常に相亀は困惑していた。その反応を楽しむ幸善の隣で、水月が取り出した孫の手にもう一つの真実に気づいたようだ。


「あれ?これって、もしかして…?」

「ああ、うん。あれなんだよね。百均で買った奴なんだよね」

「百均かよ!?」


 相亀が耐え切れなかったように声を上げ、水月が苦笑していた。


「そんな感じなら、別にわざわざプレゼントを用意しなくてもいいだろうが!?」

「いやいや、東雲の優しさなんだから、ちゃんとありがたく使えよ」

「使うけど!使うのは使うけど!その中途半端な優しさは人を傷つけることを教えておけよ!」


 この時の幸善は特に言わなかったが、似たような内容の言葉は既に我妻と一緒に東雲に言っていた。それでも、ここに孫の手がある時点で、東雲がどのように受け取ったのかは言うまでもない。


「あっ…そういえば、私も似たようなのあったよ」


 そう言って、水月が自分の鞄を一通り漁った後、そこから掌サイズの小さな箱を取り出して、それを相亀の左手に置いた。


「これは?」

陽菜ひなから。この前のお礼だって」

「お礼?」


 相亀が左手の上に乗った箱をまじまじと見つめ始めた隣で、水月が鞄の中から同じ箱を他に二つ取り出し、幸善と三人の様子を温かい目で見つめていた牛梁うしばりあかねにも手渡した。


「え?俺達の分もあるの?」

「あと冲方うぶかたさんの分もあるから、冲方さんが来たら渡すよ」


 自分達の分もあるとは思っていなかった幸善と牛梁が顔を見合わせ、小さな声で「ありがとう」と声を揃えて言った。さっきの孫の手を見てしまった後のためか、中身についてあまり良い想像がどうしてもできない。


 とはいえ、相手が穂村ほむら陽菜なのだから、東雲のように奇抜な物は入っていないだろうと思うことにして、幸善と牛梁は一緒に箱を開け始めた。さっきと同じで相亀の分は代わりに水月が開封している。箱の開封を終えた三人はほとんど同時に、箱の中身を取り出して、さっきまで箱が乗っていたように手の上に中身を乗せた。それを見たまま、四人は固まった。


「フ……?」

「…だな…」

「これは…?」

「えっと…陽菜が好きなのかな?」


 流石の水月も困ったように笑っていたが、さっきの東雲の用意した品と違い、ちゃんとした物ではあるようなので、受け取った三人はお礼の言葉を口に出しながら、鞄にちゃんと仕舞っていた。


 ちょうどその時に合わせたように、四人を呼び出した張本人である冲方れんが姿を現した。既に集まっていた四人に、申し訳なさそうに謝罪をしながら、部屋の中に入ってくる。その姿に幸善や相亀が小言を言っていると、水月がさっと駆け寄って、穂村からのプレゼントを冲方に手渡した。


「これは?」

「陽菜からです。この前のお礼だって」

「ああ、そうなんだ。気を遣わせてごめんね、ありがとうって言っておいて」


 そう言いながら、冲方は懐にその箱を仕舞っている。きっと後で困惑することになるのだろうと想像し、幸善は少し笑いを堪えた。


「さて、本題に入っていいかな?みんなを呼び出した理由なんだけどね。まず、私達冲方隊はしばらく活動休止状態に入ります。その理由は分かっていると思うけど、水月さんの怪我が完治していないことと相亀君の骨折だね。取り敢えず、最低でも後一週間は活動できないと思う」


 その一言に相亀や水月以上に幸善が申し訳ない気持ちになった。どちらの怪我にも幸善は関わっている。水月は戦車ザ・チャリオットとの戦闘が原因であり、相亀は前日に起きた妖怪との戦いで腕をやられていたことで骨折しやすくなっていたのだが、幸善はどちらの怪我も自分が引き起こした自覚があった。幸善が思い悩んでいることに気づいたのか、水月がちらりと幸善を見て、気にしないように笑いかけてくるが、その笑みにも幸善は心が痛くなる。


「ただし、最近の状況的に動ける仙人が少なくなるのは問題なんだよね。特に動きが確認されているのに、姿の見えない人型もいるしね」


 幸善はすぐにそれがかおるのことだと分かった。東雲や愛香まなか四織しおりと薫は接触した可能性が高いのだが、そこで何かをするわけでもなく、そこから動いているのかどうかも幸善は把握できていない。


「だから、頼堂君と牛梁君にはと合流して、その調査を進めてもらうことになったんだよ。今日はその顔合わせ」

「同じ状況の他の隊?」

「そう」


 そこで入口の扉が開き、誰かが部屋の中に入ってきた。幸善達の視線は自然とそちらに向き、冲方は「ちょうど良かった」と呟く。


「今、説明をし終えたところだったんだよ」

「そうなの?仕事遅くない?」


 苦笑いを浮かべる冲方に軽口を叩く後ろには、幸善達も既に見慣れた三人の顔があった。一人はそっぽを向き、一人は笑みを浮かべ、一人は興味なさそうにこちらを見ている。


 それは正しく、傘井かさい隊の姿だった。

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