吊るされた男は重さに揺れる(4)

 数枚の書類の大半には既に知っている情報が書かれていた。菊池彦弥と河猫鈴音の死因や現場の状況が詳細に書かれ、それ一枚で後からでも情報の全てが知れるようになっている。


 問題はそれらの報告の後に書かれた新たな内容だった。そこには菊池と河猫の殺害状況等から推察される犯人の詳細が書かれていた。


「まず、菊池彦弥を殺害した犯人だが、これは十中八九、葉様はざま涼介りょうすけが相手した妖怪だ」


 水月と穂村を襲撃し、通りがかった葉様が相手した異形の妖怪。それは菊池の死因に繋がる毒を複数所持した妖怪だった。

 葉様の身体から採取された毒物も、それらのことを証明しているようで、報告書に新たな記述として、それらのことが載っていた。


「毒の種類から、それは確定的だ。仮に違っていたとしても、似た個体の毒だと推察される」


 報告書を見ながら、万屋の説明を受け、幸善は唐突に葉様の様子が気になった。葉様のことが気に入らないことに変わりはないが、葉様が水月達を助けてくれたことは事実であり、そのことに幸善は感謝している。佐崎ささき啓吾けいごが葉様を心配している姿も見ているので、葉様は大丈夫なのかと少し不安になった。


「葉様はあれから、どうなったんですか?」

「ああ、無事に目を覚ました。毒の影響があるから、すぐにとは行かないが、数日経てば生活に支障は出ないだろう。ただ…」

「後遺症は残りそうなんですか?」

「残念なことにその可能性が高い。リハビリ次第とも言えるが、現状自由に動かせていない場面の方が多いみたいだ」

「そうなんですね…」

「場合によっては死んでいてもおかしくない状況だった。そこから回復したことを考えると、言い方は悪いかもしれないが、後遺症が残る程度で終わって良かったと思っている。不自由さをサポートする方法はあるが、からな」


 万屋のその言葉に幸善はゆっくりと頷いた。これからどうするかは葉様自身が決めることだ。そのことを幸善がここで悩んでも仕方がない。それくらいは分かっているから、暗い雰囲気はなくそうと努めた。


 少し間を空けて、万屋が次の説明を始めた。河猫の殺害事件の方だ。


「河猫鈴音を殺害した犯人だが、問題はこっちだ」

「報告にあった相亀君が戦った妖怪では?」


 相亀が凄まじい怪力を誇る妖怪と戦い、苦戦した結果にディールが一撃で粉砕した話は幸善も聞いていた。相亀の誇張表現かと最初は思ったが、家に帰る前に現場を見て事実だと確信したことを思い出す。

 その際に妖怪の攻撃による被害も見たが、あれだけの力があったら、高い場所がないのに河猫鈴音が落下死と思われる死に方にも説明がつくように思われた。


 しかし、万屋はかぶりを振った。


「それはあり得ない」

「何故?」

「一番の理由は妖怪の巨体だ。あの場所で数メートルの妖怪がいたら、嫌でも目につく。目撃証言がないはずがない。それにそもそも、あの場所でそのサイズの妖怪がいられるかどうか微妙なところだ。道幅の問題からも、その場所に連れていけるか分からない」


 確かに菊池を殺害したと思われる葉様の戦った妖怪は、人間よりも少し大きいサイズだったが、あくまで道路を移動できるサイズだった。そうでないと行動に制限がかかり、そもそもの性能が発揮できないはずだ。

 制限がかかった妖怪を相手に、一人の仙人が全く何の報告もできないほどに圧殺されるとは思えない。


「つまり、他に犯人がいると?」

「その可能性が高い」


 万屋からの報告に幸善達は自然と顔を見合わせていた。


 もう一体の存在が確認された人型。未だに犯人の分からない仙人殺害事件。その二つの事柄が目の前にあると、どうしても二つが繋がっているのではないかと考えてしまう。


 何せ、殺害された一人の菊池は、現在人型の疑いがかけられている浦見を尾行中だったのだ。犯人が分かっていないのが、河猫の方だとしても、全く関わりがないと断定する方が難しい。


 不意に冲方のスマホが鳴った。冲方がスマホを取り出し、届いたばかりの連絡を確認している。


「来たね。河猫さんの事件の再調査」

「両方するんですか?」

「もしくは支部長も同じことを考えているのかもしれないね」


 浦見が人型である可能性。人型が河猫の殺害に関わっている可能性。そのどちらも存在している以上、どちらも早々に潰すべきだと判断したのか、それが確定していると思ったのか。

 詳細は分からなかったが、指示が来た以上、幸善達にできることは一つしかなかった。


「二手に分かれようか。頼堂君と相亀君は万全じゃないよね?」


 冲方の確認に幸善と相亀は同時に頷く。どちらも昨晩の戦闘の影響があり、日常生活以上の激しい動きはできるか怪しいところだった。相亀に至ってはあまり重い荷物を持つと、骨が折れるかもしれないと言われているそうだ。


「それなら、聞き込みの方を頼むよ。そっちの方が戦いからは遠いと思うから」


 浦見は疑惑であり、河猫は実際に戦闘があった痕を調べる。人型を始めとする妖怪に繋がりやすいのは圧倒的に後者だと冲方は判断したようだ。

 幸善と相亀はそれが命令ならと納得し、二人で浦見の家まで行こうとした。


 しかし、その前に一つだけ万屋に頼むことがあった。


「そうだ。その前にノワールを見てもらっていていいですか?怪我も治療して欲しいんですけど」


 幸善がそう言って万屋にノワールを渡そうとしたが、万屋は受け取らずに掌を突き出してくる。


「いや、今の流れだと長くなるだろう?悪いが、こっちも仕事が溜まっていて、犬の世話は難しい。他の人に頼むか、自分で連れていってくれ」

「そ、そうですか…」


 そう言われてしまえば、一方的にお願いしている側で、押しつけることは難しい。仕方なく、幸善はノワールを連れ、二人と一匹で浦見の家に向かうことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る