吊るされた男は重さに揺れる(3)

 招集場所は幸善の知らない部屋だった。二畳ほどの部屋には『休憩室』と書かれた看板が掲げられており、順番に割り振られた番号は『1』から始まって、終わりが分からないほどに部屋は並んでいた。


 部屋の狭さもあってか、部屋の中に物はほとんど置かれていなかった。ゴミ箱、ティッシュ、靴ベラ、それから、畳まれた布団が置かれている。

 部屋の用途を冲方に聞くと、どうやらQ支部で働く仙人の仮眠室のようだった。部屋は完全防音で外部の音が聞こえてこないから、じっくりと眠れるそうだ。


 その部屋の中に幸善達を呼びつけた冲方、呼ばれた幸善と相亀、牛梁の四人がぎゅうぎゅうになって集まっていた。水月みなづき悠花ゆうかは怪我の影響で呼ばれていないが、もしも水月がここにいたら、誰か一人が入れていないくらいにギリギリだ。ほとんど場所を取らないノワールも窮屈そうにしている。

 特に一番身体の大きい牛梁が場所を取っており、牛梁自身もそのことを理解しているのか、いつもより肩幅が少し縮こまっていた。


 その様子を見ていたら、流石に可哀相だと思ってしまい、幸善が冲方に集まる部屋を決めた理由を聞いた。


「急なことで広い部屋を用意できなかったんだよ」

「別に部屋である必要がないんじゃないですか?」

「ちょっと長い話になりそうだったから、部屋の方がいいと思ったんだよ」


 ちょっと長い話と聞いた瞬間、露骨にノワールが嫌そうな顔をした。終わり次第、医務室にノワールを連れていくつもりだったのだが、その終わりがなかなかに来ないらしい。

 幸善はひっそりとノワールに向けて、申し訳なさそうに視線を送る。


「それで何があったんですか?」


 幸善が問いかけると、冲方はタブレット端末を取り出して、数枚の写真を見せてきた。


 何かの動物の骨の写真で、数枚の内のいくつかは同じ骨を違った角度から撮ったもののようだ。それが二種類の骨分あって、一つはドラマなどでも見る普通の骨だが、もう一つは奇妙にボールの形をしている。


 その形の骨には幸善も見覚えがあった。


「これって、亜麻あまさんから出てきた骨じゃないですか?」

「亜麻さん?」


 幸善が以前戦った人型の一体である亜麻理々りりの体内から骨が見つかった経緯を説明する。流石に冲方もそのことは報告を受けているはずであり、幸善の説明で思い出したようだ。


「ああ、そうか。確かに、それで見覚えがあったのか…」

「これがどうしたんですか?」

「また人型の体内から見つかったとか?」

「いや、そうじゃなくて、これは監視カメラに映っていた女性が変化した物なんだよ」

「女性が変化した?」


 冲方の説明では状況が想像できなかったのか、三人が揃って不思議そうな顔をしていた。


「あの女性がこの骨に変わったんだよ」

「幻覚的な話ですか?」

「いや、そういう変化じゃなかったね。どちらも感触はあったよ。多分、骨を利用して人を作り出すとか、そういう妖術だと思うんだよ」

「そんな妖術があるんですか?」

「もちろん、もう少し限定的だとは思うよ。自由にそれができるのなら、もっと人型は攻勢に出ていると思うし。だけど、そう考えると、他に人型がいる可能性が高くなるんだよね」


 不意に幸善が思い出したのは、死神の最期の瞬間だった。あの時に呟いた言葉を思い出し、そのことを口に出そうとした瞬間、冲方と目が合う。


「頼堂君も聞いたんだよね?No.13、死神の言葉を」

「はい」

「死神の言葉って?」

「死神はね。最期の瞬間に『No.12が…』って言ったらしいんだよ」

「No.12?吊るされた男?」


 相亀の呟きに冲方は頷いた。ここまで話してもらったら、冲方が幸善達を呼んだ理由にも想像がついてくる。


「その吊るされた男が女性を作り出す妖術の使い手の可能性があるってことですか?」

「そう」

「それで、吊るされた男を探すと?」

「そういうこと」

「できるんですか?」

「一応、候補は二人いて、一人は土田。これは以前から動いていた仙人が引き続き探しているね」


 空港の映像で見た男の姿を思い出し、幸善は納得した。あの男は未だに消息が掴めていない。人型と接触していた以上は人型である可能性が高く、この場合の吊るされた男に該当する可能性は最も高いだろう。


「二人?もう一人いるんですか?」


 相亀が怪訝げにそう聞いた。確かに冲方は二人と言ったが、土田以外に候補がいた記憶はない。

 誰かと思っていると、冲方は思ってもみなかった人物の名前を口に出した。


「もう一人は浦見十鶴。彼が人型の可能性を考えている」


『えっ…?』


 三人の口から揃って驚きの声が漏れた。特に昨日、浦見を発見した牛梁の反応は大きく、幸善と相亀の声を軽く掻き消すほどに声が出ていた。


「あくまで可能性だけどね。今は昨日の状況を聞くという体で、慎重に話を聞いている。この間に、浦見十鶴の周辺を調査して、人型かどうかの確認をしていきたいんだよ」

「確認って…そんなことができるんですか?」

「住所が分かったからね。どれくらい周辺住民と関わっているかとか、その頻度で可能性の有無を判断できると思うよ。まあ、一概には言い切れないけど、人型が人間と関わるケースは多くないからね」


 つまり、幸善達が呼び出されたのは、そのことを調べるためらしい。状況は分かったが、幸善は浦見の姿を思い出し、どうにも納得できずにいた。


「あの人が人型とかあり得るんですか?」

「さあね。何とも言えないね。ただ可能性だけなら誰にもあるし、それに昨日のことを考えたら、高いと思うよ」

「昨日のこと?」

「浦見十鶴は人型に捕まった。けど、殺されることもなければ、拘束されることもなく、牛梁君に発見された。十分疑うべき状況だと思うんだよ」

「確かに…それだけ聞いてるとそうですね…」


 冲方の言っている通り、状況だけを考えると疑いを持っても不思議ではない状況だったが、どうにも幸善には納得ができなかった。本当にそうなのかと思いつつ、冲方の聞き込みに行くのかと考えている最中に重戸の姿を思い出す。


「そういえば、重戸さんは?」

「重戸茉莉さんは既に解放したよ。急ぎの仕事があるみたいだからね」

「話は聞かないんですか?」

「もちろん、後で他の同僚の方と一緒に聞くつもりだよ。ただ、その前にまずは浦見十鶴の自宅周辺を調査しようか」


 納得できない部分は多いが、冲方の言う通りに浦見を調べたら、その納得いかない部分の答えも出てくる。取り敢えずは浦見の周辺を調べることに決め、幸善達は休憩室を後にした。


 そこから、Q支部を出るために廊下を歩いている途中で、まだ一つ、決まっていないことがあったと幸善は思い出す。同じく気づいた相亀も、幸善の腕の中を見ながら、呆れた顔で言ってきた。


「先に預けてこいよ」


 その一言にどうしようかと迷いながら、幸善は抱きかかえたノワールを見た。家を出る時にノワールが疑っていたように、ここから時間が結構かかりそうだ。ノワールを預けるにしても、医務室等で預かってくれるのか微妙なところがある。


 一度、聞いてみようかと何もアドバイスをくれない相亀に呟きながら、幸善が考えていると、その考えを読み取ったように向かう先から万屋よろずや時宗ときむねが歩いてきた。


 そのことに気づいた幸善が声をかけようとした瞬間、万屋の方から幸善達に声をかけてきた。


「ちょうど良かった。後で話は行くかもしれないが、先に報告しておく」


 そう言って、万屋はまとめられた数枚の書類を冲方に渡してきた。


「これは?」

菊池きくち彦弥ひこや河猫かねこ鈴音すずねの殺害事件に関するだ」

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