死神は獣を伴って死に向かう(14)

 秋奈の到着に落ちつきを取り戻すことができたのか、幸善は冷静に状況を見渡すことができていた。無様に寝転がっている間に体力も回復したのか、さっきまで指一本を動かすだけで苦労していたのに、今は少しずつだが身体を起こすこともできる。心なしか、呼吸も楽になった。


 その一方で、秋奈の動きは焦っているように見えた。一心不乱と形容するに相応しい勢いで、死神に対して刀を振り続け、その刀身から斬撃を嵐のように飛ばし続けていた。


 しかし、その攻撃も死神には見切られ、死神は躱し続けていた。流石に完全に躱すことが難しいのか、斬撃の一部を食らいかけているが、それも幸善の足や体育館の壁などを傷つけた攻撃で、自分に触れる前に消し飛ばしている。


 恐らく、秋奈も体育館内の異変に気づいているのだろうと幸善は思った。酸素の薄さは動いているとすぐに実感する。あれだけ動いていると、どのタイミングかは分からないが、秋奈も気づいたに違いない。

 そこで早々に蹴りをつける必要があると判断し、怒涛の攻めに転じたのだが、死神にはうまく通用せず、焦り出したのだろう。


 ここは一度、秋奈を落ちつかせないといけない。幸善は身体を起こしながら、秋奈に声をかけようとした。


 その瞬間、は起きた。


 さっきまで秋奈の斬撃を余裕で躱していたはずの死神の身体を、微かに斬撃が掠った。その斬撃の軌道に合わせるように鋭い風が吹き、体育館の床に傷を作っているが、それは斬撃にぶつからなかったようだ。


 その異変に声を出しかけていた幸善は驚き、口を開いたまま止まってしまった。

 その驚きは幸善だけに限った話ではないようで、死神も真ん丸く開いた目を掠った傷口に向けている。


 その間も、秋奈は攻撃を止めようとしなかった。死神は体勢を立て直し、再び秋奈の攻撃を避け始めるが、少しずつ、その攻撃を食らう回数が増えていた。


 その違いが生まれた原因は明らかで、さっきから斬撃を止めるために用いていた、体育館の床や壁を傷つける鋭い風が遅れて吹くようになっていた。


 その時間差が生まれた理由は幸善には分からなかったが、死神はすぐに気づいたようで、秋奈から距離を離すことに注力しながら、慌てて体育館の出入り口に目を向けていた。

 その視線を追いかけるように幸善も目を向けたことで、ようやくその変化に気づいた。


 体育館の出入り口を塞いでいた全ての風に、人一人が通れるくらいのが開いていた。


「いつの間に…」


 微かに死神が呟いた直後、秋奈は死神との距離を一気に詰めた。死神はその接近を拒絶するように鋭い風を起こそうとしているが、やはり秋奈の動きを捕らえることができず、その風は遅れて吹いている。


「残念。それはもうダメ」


 秋奈が死神の懐に潜り込み、刀を構えた。


 次の瞬間、斬り上げられた刀の軌道に沿って、死神の身体から血液が吹き出した。


「何が…?」


 倒れた死神の状況を確認し、刀を納めた秋奈に近づきながら、幸善は思わずそう呟いた。未だに何が起きたのか、状況が把握できない。


「あの風が重要だったの」


 幸善の呟きに答えるように秋奈が口に出す。


「あの風がフィルターになって、その中と外の空気を分けていたの。だから、中の酸素を薄くすることも、気圧を変化させて風を起こすこともできた」

「だけど、そこに穴が開いて、その操作ができなくなった?」

「そういうこと」


 一心不乱に見えた秋奈の攻撃は全て当たっていないように見えた。


 しかし、正確には全ての攻撃が正確に対象に命中していた。

 死神の身体ではなく、体育館の出入り口を塞いだ風に。


 それを隠すために死神との距離を詰め、死神に攻撃を避けさせていたのかと気づき、そこまでの発想ができなかった自分を恥じた。


「それより他の人達の無事を確認しないと」


 秋奈にそう言われて気づいた幸善がスマホを取り出そうとした。

 しかし、完全に回復したとは言い切れない身体では、スマホをうまく持つことができなくて、体育館の床に落としてしまう。


 それを拾おうと屈んだ瞬間、まだ起きていた死神と目が合った。


「生きて…!?」


 恐怖を覚えた幸善が身構えようとした瞬間、僅かに残った力を振り絞るように死神の唇が動いた。


「そうか…No.12が…」


 そう呟いた直後、死神は電池が切れたようにパッタリと動かなくなった。


「今、No.12って…?」

「言ったね」


 落としたスマホを拾いながら、幸善の頭の中でさっきの死神の言葉が回り始める。


 No.12。それはもう一体の人型のことなのだろうかと考えていた。

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