死神は獣を伴って死に向かう(15)

 状況が把握できるまで、しばらくの時間が必要だった。自分が斬った女性と、未だにモニターの前に立っている女性の顔を二度、三度と見比べてみるが、その顔はやはり同じものだ。


 冲方はいくつかの仮説を頭の中に並べてみるが、どれも可能性があるもので、そこに答えを教えてくれる人物はいない。

 モニター前に最初から立っていた女性も、目の前で起きた光景を眺めるばかりで、そのことに言及してくることがない。


 不意に不安を感じたのは、その時だった。冲方は自分が振ってしまった刀に恐怖を覚え始める。


 もしかしたら、自分は斬ってはいけない人物を斬ったのではないかと考えてしまった。


 人型かもしれないと思っていたが、そもそも、その人物が人型である証拠はどこにもない。仮に人型ではないとしたら、ただの人間を斬ったことになり、その可能性は十分にある。


 現に、幸善の出遭った節制テンパランスは人を操っていた。それと同じか、それに似た妖術なら、十分に人型ではない人物も、仙人と戦わせることが可能のはずだ。


 冲方が自分の失態の可能性に震えている中で、変化は起きた。


 冲方の刀で斬られ、地面に寝転がったまま、傷口から血を垂れ流していた女性の身体が、少しずつ動き始めた。最初はまだ息絶えておらず、立ち上がろうとしているのかと思ったが、そういうことでもないようで、身体全体が小刻みに震えているように見える。


 これは一体何だろうか。冲方が疑問に思った直後、女性の身体が瞬間的に変化した。


 爆発とも表現できる速度で、さっきまで確かに人の形をしていた身体が、とても小さな塊に変わっていた。その瞬間的な縮み方は変化を目で追うことも難しいほどで、気づいた時には女性の代わりに、一本の骨がそこに落ちている。形状から肋骨の一本のようだ。


「骨…?」


 冲方が疑問に思った瞬間、冲方の背後から物音が聞こえた。そこには最初から女性が立っている。


 その女性が手にナイフを持ち、冲方を背後から襲ってきた。ナイフを隠し持っていたのか、と冲方が考える余裕も与えてくれず、冲方は身を守るため、咄嗟に刀を振り上げる。


 その刀がナイフを持った女性の腕を斬り上げ、ナイフと一緒に右手が宙を舞った。その痛みからか、女性の表情が歪む。


 その表情を見たことで、冲方は反射的に斬り上げてしまったことに気づいた。また失敗したかと考えるが、その考えを膨らませる暇もなく、女性のもう片方の腕が冲方を掴む。


「何を…!?」


 冲方が驚いた直後、女性の右腕が微かに震え、一瞬で棒のように収縮した。その変化に嫌な予感を覚え、冲方は咄嗟にその腕に向かって刀を振るう。腕は金属のように硬かったが、仙気をまとった刀ならば、簡単に斬り落とすことができた。


 そこから、冲方が放送室の外に飛び出した直後だった。


 さっきまでそこにいた女性の身体から、骨のようなものが一気に吹き出し、冲方がさっきまで立っていた場所に球体を作り出した。

 鉄ではなく、骨でできた牢のような仕上がりに冲方が驚いていると、次第にその球体が小さくなっていく。


 やがて、その球体はサッカーボールほどの大きさになった。そのは冲方がどこかで見た覚えのあるものだった。


「これはどこかで…?」


 冲方が考え込もうとしたところで、廊下から騒がしい足音が聞こえてくる。誰かが慌ただしく走っているようなのだが、足音の混ざり方から二人いるようだ。片方が追いかけて、片方が逃げているのかもしれない。

 一体誰が、と冲方が思い、放送室から廊下を覗いてみると、冲方に向かってくるように、一人の男が走ってきた。


 それは間違いなく、だった。


「え?どうしました?」


 驚いた冲方が浦見の前に出た瞬間、浦見はホッとした顔をして、冲方に縋ってきた。そのまま、自分が走ってきた方向を指差して、顔に恐怖の色を浮かべる。


「怖い人に追われていて!?」

「怖い人?」


 冲方が指差した先に目を向けると、ちょうどこちらに向かって走ってくる牛梁の姿を見つけた。その姿に納得してしまい、冲方は牛梁に申し訳なさを覚える。


「大丈夫。安心してください。私達が助けに来たんです」


 浦見を安心させるために冲方の説明が始まり、その間に秋奈とディールからの報告もあって、無事に全てが解決した―――とこの時は思われていた。

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