死神は獣を伴って死に向かう(11)

 鈍い音が身体の奥から聞こえてきた。腕に伝わった衝撃は、あったはずの感覚を一瞬で奪っていく。


 前後左右の感覚が一瞬でなくなった。自分がどこにいるか分からない。

 そう思った数秒後に、強い衝撃を背中に感じた。


 地面にぶつかった。落ちた。と分かった時には、身体の自由がなくなっていた。衝撃の伝わった両腕は、痛みを感じない代わりに動いてもくれない。


 蝋燭の火が息で吹き消されるように、全身にまとったはずの仙気は消えていた。相亀の持つ仙気の全てを注ぎ込んだはずだったが、それが一瞬でなくなった。


 そのお陰か、両腕の感覚こそ吹き飛んだが、相亀はまだ生きていた。両腕も骨が折れているわけではないらしく、無理矢理に意識を集中させたら、辛うじて指先が動く。


 丸太のような腕による妖怪の一撃も、何とか一発は耐えることができた。

 しかし、この有り様で二発目を受け止められるはずがない。次の一撃は耐えられない。


 


 転がったままの相亀が無理矢理に身体を動かし、立ち上がろうとした。


 が、妖怪はそれを許してくれなかった。相亀が立ち上がるよりも先に、目の前に妖怪は立っていた。


 流石に終わった。相亀が覚悟を決めた瞬間に、は聞こえてきた。


「~~~~~~」


 遠くというわけではない。あまりに暗くて、ちゃんとは見えないが、グラウンドの中から声が聞こえ、その声もちゃんと聞き取れているはずだ。


 しかし、何を言っているのか分からなかった。


 その理由に気づくのに少しかかったが、それは相亀の頭が悪いからではなく、衝撃で脳が働いていなかったからだ。

 冷静に考えてみると、その一端くらいは意味を理解できた。


 これはだ。


「派手な音の割に妖気は弱かったが、こっちの方が大物じゃないかと思ったんだがなぁ。人型は派手なのが嫌いなのかぁ?」


 聞こえてきた声は残念そうに呟いた。相亀はそこに立っている人物が知らなかったため、その声から誰なのか察することはできなかった。言っていることも、知っている単語がいくつか聞こえてきて、漠然と理解しようとしたが、恐らく独り言である、ということくらいしか分からない。


(誰だ――?)


 相亀が声のする方に目を向けると、暗闇の中から薄らと、同じだけに黒い人影が浮かび上がってきた。黒の中から黒が生まれてきたことに気を取られ、すぐに相亀は気づかなかったが、その人物は言葉の通りに日本人ではないようだ。


 それが誰なのか。相亀は確実にそうだと思ったわけではないが、思い当たる人物はいた。

 まさか、と相亀が思った直後、近づいてきた人物が妖怪を一瞥してから、その前に倒れている相亀を見るために屈んでくる。


「無様だなぁ」


 薄くニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべながら、何か悪いことを言っていることは分かった。

 妖怪を前にしても変わらない不敵な態度に、その人を馬鹿にしたような笑みから、相亀は自分の思った人物で間違っていないと考える。


 ラウド・ディール。この男は序列持ちナンバーズの一人だ。


「不合格。これが日本の仙人のレベルかぁ…」


 不合格。その単語は分かった。落胆したようなディールの態度も、その意味で間違っていないはずだ。

 それらの言葉に相亀は怒りを覚えなかった。怒れるはずもなかった。


 無様。不合格。そのどちらの言葉も、相亀自身が今の相亀の体たらくに思っていることだ。


 相亀の反応を軽く見てから、ディールは相亀の前に立った妖怪に目を向けていた。ディールが近づいてくる間、一切の動きを見せないで、大人しく待っているようにも見えた妖怪がディールに目を落とす。


 そのことをようやく違和感に思った相亀は、今の今まで自分が気づいていないことに気づいた。


 妖怪と戦う時は必然的に妖気に目を向ける。それは遠くを見るためにピントを合わせるようなもので、近くの物はちゃんと見えなくなる。

 妖気よりも近い存在。仙気は意識している自分の物以外、そこにあることすら分からなくなる。


 だから、相亀はディールの身体から迸る仙気に気づいた時、純粋に驚いた。


 そして、それが妖怪の動きすらも牽制していることに気づき、言葉を失った。


 序列持ちはこれほどまでに遠いのかと軽い眩暈すら覚えるほどに絶望した。


「さて、化け物。やるかぁ?」


 ディールが不敵に笑って妖怪に声をかけた。オオカミの頭から、小さな唸り声が聞こえてくる。

 その声を聞いたのが、自分ではなく幸善だったら、声を聞き取ることができたのだろうかと思った直後、妖怪が丸太のような腕を振りかぶる。


「あ」


 思わず相亀が声を漏らした瞬間、ディールに向かって拳が振り下ろされた。その拳はディールすらも避けられなかったのか、真正面からディールとぶつかっていた。

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