死神は獣を伴って死に向かう(12)

 秋奈の軽い挨拶に幸善の笑い声が続いた。微かな風の音と遠くから聞こえる強烈な破壊音だけが響いていた体育館の中を、新たな音が掻き乱していく。


「ああ、そうか…」


 眉間に皺を寄せながら、死神はようやく何かを思い出したように、そう呟いた。秋奈を見つめる目は鋭く、苛立った表情は秋奈に対する敵意を露わにしている。


「何故か厄介な連中が湧いて出てくるな…」


 腹の底から苛立ちと面倒さを綯い交ぜにした男の言葉には、状況が完全に理解できていない雰囲気があった。秋奈に意識を集中させながら、幸善をチラリと見る時は、目から敵意が完全に消え、悩みで揺れているように見える。


 死神は秋奈が来ると思っていなかったのか、と秋奈はその様子から察した。頭から抜けていたから、直接的に逢う状況にあったはずの秋奈すら、すぐに誰か理解できなかった。


 それくらいにここでの出逢いはだった。

 秋奈がそう思った直後、死神の身体が動き出した。


 何をしようとしているのか分かったわけではない。ただ自由にさせるのは危険だと咄嗟に思った。

 特に幸善との距離が秋奈よりも圧倒的に近い場面で、何かをされると止められない可能性が高い。


 反射的に秋奈は握っていた刀を振るい、死神に向かって斬撃を飛ばした。


 死神にとって、その一撃は不意に飛んできたはずなのだが、流石は人型と褒めるべきなのか、掠ることもなく簡単に躱される。


 しかし、取り敢えずの課題だった幸善から引き離すことには、その一撃で成功した。


 秋奈は死神が再び動き出すよりも先に、幸善のところに駆け寄っていく。その様子を見ていた幸善が、僅かに指を動かして、遠くに倒れたノワールを指差した。微かに動いた唇は言葉を発しなかったが、何を言いたいかは分かる。


 体勢を整える死神の動きに注意しながら、秋奈は幸善からノワールに目標を変え、ノワールを抱きかかえた。既に意識がなくなったのか、秋奈が抱きかかえても、ぐったりとしているが、まだ微かな呼吸はある。


 取り敢えず、安全圏に連れ出そうと思い、秋奈は出入り口の風を見た。

 その視線に気づいたのか、死神が声を荒げた。


「動くな!」


 突然の大声に秋奈は驚いたが、それで動きを止めるはずもなかった。何度も振るって手に馴染んだ秋刀魚を軽く振るい、飛ばした斬撃で出入り口を塞いだ風を断ち切ると、その向こう側にノワールを放り出した。もちろん、落下時の衝撃を予防するための仙気の保護付きだ。


 ノワールの次は幸善だと思い、秋奈が幸善に目を向けようとすると、激怒した様子の死神と目が合ってしまった。

 ノワールを連れ出したことにそこまで怒るかと思った直後、死神の口が開く。


邪魔をするのか!?」


 突然の死神の叫びの意味が分からなくて、秋奈は困惑した。ショッピングモールに続いて、今回も邪魔をしたからなのだろうかと考えてみるが、それにしては怒り過ぎている気がする。

 死神が何に怒っているのか良く分からないが、幸善を狙われると厄介なことになる。幸善もノワールと一緒に体育館の外に出そう。


 そう思った瞬間、死神が秋奈を狙うように距離を詰めてきた。


「えっ!?こっち!?」


 突然、目の前まで近づいてきた死神に驚き、秋奈は刀を振るう。死神はその一撃を軽く躱し、秋奈に向かって拳を振るってくるが、刀を躱しながら出された拳を秋奈が食らうわけがない。


 膠着状態とも言える数回のやり取りを繰り返し、秋奈が死神から離れるように跳躍したところで、秋奈はようやく異変に気づいた。

 そこで幸善やノワールの様子を思い出し、納得する。


(この空間の空気の量を操られているのね…だから、幸善君達の呼吸は荒かったのか…)


 早々に決めに行かないといけないと分かったが、死神の動きが少し厄介だった。


 膠着状態とも言える数回のやり取りは、激怒した死神の接近から始まったが、その怒りとは裏腹に死神は秋奈との距離を完全に詰めてくることがなかった。


 だから、秋奈は死神の一撃を食らわない代わりに、死神を斬ることもできていない。


 それは妖術に裏打ちされた時間稼ぎかと思ったのだが、そうだとしても、その行動は違和感しかない。

 時間稼ぎなら、単純に秋奈の攻撃から逃げるだけでいいはずだ。自分から攻撃する理由がない。ある程度、攻撃しないと逃げられないと判断したとしても、自分から仕掛ける必要がないはずだ。


 今の死神の行動には疑問しかない。

 そう思った瞬間、未だに良く分かっていなかった死神の言葉を思い出した。


「一度ならず二度までも邪魔をするのか!?」


 あの瞬間の激怒した雰囲気は本物だった。あれは本当に死神が怒ったと考えるべきだろう。


 だが、秋奈にはそこまで激怒される理由がない。正確には理由がないわけではないが、戦いの最中に取り乱させるほどの理由とは思えない。


 あるとしたら、それが死神にとって最大の不利益を齎すことだけだと思うのだが、秋奈の今までの行動にそれがあったとは思えない。


 そもそも、何を二度したのか、と冷静に考え直しながら、体育館を見回した瞬間に秋奈は気づいた。


(ああ、そうか…そこにがあったのね…なるほど…)


 幸善には悪いが、もう少し寝ていてもらうことになりそうだと秋奈は思った。

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