死神は獣を伴って死に向かう(7)
しばらく使われていない教室には鍵がかかっていたが、それも全ての部屋ではなかった。一部の教室は開いており、その中には使用された痕跡が発見された。
どのように使われたのかまでは分からないが、少なくとも人の入った痕跡に、冲方は第二校舎に何かがいるのではないかと警戒し始めた。
外からの妖気に気づいたのは、その時だった。音や強烈な震動も添えられ、冲方は戦闘を悟る。
外は幸善と相亀の捜索場所であり、そこから戦闘が起きているのなら、二人が戦っている可能性が高い。
救援に向かった方がいいかと一瞬考えてしまうが、幸善と相亀も仙人だ。ただの一般人である浦見の方が立場的には危険であり、そちらの発見の方が優先するべきだ。
冲方はQ支部にいる鬼山に報告だけ済ませ、再び第二校舎の捜索を始めた。
その中で、一つだけ様子のおかしい部屋があることに気づいた。第二校舎の一階に立ち並ぶ部屋の一つから、明かりが漏れている。
さっきから、いくつもの教室に入ったが、明かりをつけると何者かに発見される可能性が高まる。
それが浦見を攫った人型なら、浦見の生死にも関わる問題であり、冲方はスイッチに触れることすらしなかった。
そのため、電気が通っており、明かりがついていること自体に驚きがあった。
それに加えて、明かりがついているということは、そこに誰かがいるということだ。
外から妖気を感じる時点で妖怪の存在は確定的であり、その場所に存在する人は人型である可能性が非常に高い。
冲方は自然と足を止め、『放送室』と書かれた看板に張られた蜘蛛の巣を見た。
その部屋の中に人型がいるのか確認するために、その部屋の中に意識を集中させてみるが、外から感じる妖気が強過ぎて、その部屋の中に妖気があるのかどうか分からない。
腰元の二本の刀に手を置き、すぐに抜けるようにしながら、冲方は放送室の中を確認するために中を覗き込む。暗闇に慣れ切った目を光に慣らしながら、部屋の中を慎重に覗いてみると、明かりとは違う明るさが部屋の中に並んでいることに気づいた。
それがモニターであることを理解するまで、冲方は数秒かかった。
(何かを見ている――?)
部屋の中の様子に冲方が疑問を懐いた直後、モニターの前に立っていた人物が振り返った。入口から中を覗き込んでいた冲方を見てくる顔は、冲方も知っている顔だ。
浦見と接触した眼鏡の女性。あの人物に間違いない。
「ここで一体、何を?」
冲方が腰元の刀から手を離すことなく、こちらに振り返った女性にそう訊ねた。
しかし、女性は不敵に笑い、冲方を見てくるばかりでその質問に答えようとしない。
それどころか、質問に対して質問で返してきた。
「どうして、ここが?」
「先に質問したのはこちらだよ?ここで何を?」
冲方が態度を崩すことなく質問を返すと、女はもう一度、不敵に笑って同じ質問をしてきた。
「どうして、ここが?」
「先に答えるべきなのはそちらだよね?」
女が答えない限り、自分は答える気がない。その意思をハッキリと示した途端、女は笑みを浮かべたまま、軽く目を瞑った。
「そうですか…分かりました」
何かに納得したように女が呟いた直後、冲方の背後で音が聞こえた。少し前まで何の音もしなかったが、突然解放したように響いた音は足音だ。
それが部屋の前で響き、部屋の中に飛び込んでくると分かった瞬間、冲方は二本の刀を抜いていた。
誰かは分からないが、女は男と一緒に行動していた。その男が背後に回っていた可能性が高い。
そう思った直後、冲方の視界で刃物が光る。もちろん、冲方の持っている刀ではない。
ナイフ。気づいた瞬間に冲方の刀は、その相手に振るわれていた。
相手の動きは想像よりも緩慢で、振るわれたナイフが冲方に刺さることはなかった。代わりに冲方の刀が正確に振るわれ、肉に触れた感触が手に伝わる。
斬ったと思った直後には視界の半分が赤くなり、冲方の背後から冲方を襲おうとした人物は倒れ込んでいった。
そこで冲方はようやく顔を見た。
その顔は冲方も見たことのある顔で、冲方は言葉を失う。
まず、男ではなかった。冲方を背後から襲ってきた人物は女だった。
ただ、そのことはどうでも良くて、最も問題だったのは女の顔だ。
冲方は咄嗟に倒れる女から目を逸らし、モニター前に立つ女に目を向けた。そこには放送室を覗いた瞬間からあった姿があり、そこから一歩も動いていない。
「これは…?」
思わず呟き、さっき自分が斬った女性に目を向ける。
その人は間違いなく、部屋の中に最初からいた女性と同じ顔をしていた。
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