死神は獣を伴って死に向かう(6)

 騒音は妖気よりも早くに校舎に到達した。グラウンドに面した第一校舎内を捜索中だった牛梁は、その音と震動にグラウンドの異変に気づいた。


 何かあったのかと牛梁が外に意識を集中させると、それを妨害するように別方向からの強烈な妖気にも気づいた。

 音と震動、それに妖気はグラウンドからだが、もう一つは方向的に体育館があった場所だ。どちらも幸善と相亀が担当している場所であり、牛梁はそこから感じる妖気の大きさに不安になった。


 助けに行くべきかと牛梁は考えてしまうが、その考えを不安と一緒に振り払うようにかぶりを振る。


 幸善と相亀は仙人だ。仮に人型と遭ったとしても、すぐに何かあるわけではない。

 一方、捕まった浦見は何があるか分からない。その発見は急を要する。


 牛梁はスマホを取り出し、Q支部にいるはずの鬼山に異常な妖気の感知を報告してから、再び第一校舎の中を歩き出した。


 第一校舎は当たり前のことだが、部屋の数が多い。教室になっていたと思われる部屋から、調べるだけならトイレも範囲になる。


 幸善と相亀が何かと遭っている可能性は高いが、それが人型であると確定していない以上、ここで無闇に声を出すことはできない。人型が浦見と一緒にいた場合、そこで最悪な事態が発生する可能性が高まるからだ。


 静かに、しかし迅速に。

 無理難題とも言えることだが、それはこの捜索に於いて必須事項だった。


 一階部分を全て調べ終えると、次は二階に上がろうと思い、牛梁は階段下に移動する。一階部分がそうだったように二階も暗く、階段を上ることは難しいのだが、つくかどうか分からない明かりをつけることはできない。それで気づかれたら一巻の終わりだ。

 足下に気をつけながら、牛梁が二階との間に位置する踊り場まで階段を上った。


 そこで足を止めた。牛梁の足音がなくなり、グラウンドから聞こえる騒音が階段を響いていく。


 気になったのは、その中にが混じっているように聞こえたことだ。自分の足音とは明らかに違うタイミングで鳴る足音が微かに聞こえた気がした。


 立ち止まり、二階に耳を傾ける。グラウンドからの音がうるさく、二階からの音は何も聞こえてこない。

 ただの気のせいだったか、そう思った牛梁が階段を上ろうと足を上げた。


 その直前、コツンとが聞こえた。


 やはり、上に誰かがいる。そう思った牛梁が息を潜める。人型の可能性が高い以上、緊張感は自然と高まる。


 足音を殺すように気をつけながら、牛梁は階段を上り始めた。二階から聞こえてくる足音は、こちらに近づいているように聞こえる。

 このままだと鉢合わせるか。牛梁は可能性に気づいたが、既に音の主は牛梁の目の前に迫っている。ここから、急いで反対側に回ることは不可能に近い。


 覚悟を決めるしかない。牛梁は仙気の準備を体内で整え、近づいてくる足音に備えた。


 そして、不意に暗闇の中を人影が突き進んできた。


 ただし、暗闇の中で顔は分からない。確認できない以上、牛梁から攻撃ができないので、目眩ましも兼ねて、牛梁は懐からスマホを取り出し、ライトを相手に突きつけた。


 ライトを突きつけられた相手は最初、光から逃れるように腕を上げ、誰なのか良く見えなかったが、すぐに隙間から覗くようにこちらを見る目が見えた。


 その顔は浦見を攫った男でも、その際に一緒にいた女でもなく、だった。


 というよりも、だった。


 まさか、浦見が歩いているとは思わず、そのことに驚きながらも、浦見が無事だったことは良かったと牛梁は安堵し、浦見に声をかける。スマホを軽く下げると、浦見もこちらを見ることができたのか、牛梁と目が合った。


 その時、浦見が急に動きを止めた。


「大丈夫でしたか?助けに…」


 来ましたと言いながら、牛梁が浦見に近づこうとした瞬間、浦見がぽかんと口を開け、唐突に「うわっ!?」と声を上げる。

 そのまま、踵を返して走り出し、置いていかれた牛梁はきょとんとするしかなかった。


 背後に何かがいるのかと思い振り返ってみるが、もちろん誰もいない。


 良く分からないが浦見を呼び止めなくてはいけないと思い、牛梁は浦見を追いかけるように走り出した。


「落ちついてください。もう大丈夫ですよ」


 牛梁がそう声をかけた瞬間、浦見の悲鳴が廊下を響き渡る。その声に牛梁が驚いた直後、浦見の心からの叫びが聞こえてきた。


「殺さないで!?」


 そこでようやく牛梁は気づいてしまい、つい足を止めていた。


 浦見は牛梁の背後に何かを見たわけではない。

 逃げ出したのだ。


 暗闇の中に浮かび上がった牛梁の強面を見て、自分を始末しに来たと思ったのだろう。必死に逃げる姿を見たら、その恐怖のほどが窺える。


 そのことに気づいた牛梁はショックを受けた。そこまで自分の顔が怖いのかと改めて思い、追いかけなければいけないはずの浦見を追いかけられなくなるほどに悲しくなる。心に受けたダメージは深刻なものだ。


 そこから、再び浦見を追いかけられるまでに回復するのに、牛梁はしばらくの時間を必要とし、その間に浦見は階段を下りてしまっていた。


 万が一にでも、グラウンドの方向に逃げ出したら、大変なことになる。


 牛梁は慌てて階段を駆け下り、逃げてしまった浦見をすぐに見つけなければいけなくなっていた。

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