死神は獣を伴って死に向かう(8)
男の対応は想定と違い、非常に丁寧なものだった。もちろん、浦見を攫ったり、体育館の出入り口を塞いだり、丁寧とは呼べない行動も多いのだが、幸善の前に現れてから、すぐさま幸善を襲ってくるのかと思ったが、その態度は見せずに冷静に名乗ってきた。
「No.13」
ぶっきらぼうに呟かれた言葉から、そのことを察した幸善が驚きを表情に出した。
No.13、
まさか、素直に名前を教えてくるとは思わなかったことから、そのことを理解するまでに幸善は少しかかった。
死神が人型であることはその姿と共に奇隠も把握していることだ。正確には人型の可能性が高いという状態なのだが、ほとんど確定で動かれている以上、そこを隠しても意味がないと判断したのだろうか。
幸善は落ちついた態度を崩さない死神に意識を集中させながら、ちらりと出入り口の風を確認した。
風の強さが正確に分かるわけではないが、音や見た目から判断するに、その風は自然のミキサーと呼べるほどに凶悪な威力を持っているはずだ。外に出るために軽く触れたら、その途端に指が吹き飛ぶことだろう。
ただ、その壁をそこに作り出したことで、死神の妖術が風に関することであると分かったのは大きかった。
風なら幸善の扱う仙術と性質的に似ているので、対応できる場面が多くなるはずだ。攻撃の絡繰りも風と分かっていたら、正体が掴みやすい。
後はいかに自由にさせないように立ち回るか。
幸善は肩の上のノワールに小声で話しかけた。
「相手に攻撃の隙を与えないように突っ込むから、絶対に落ちるなよ」
「分かってる。お前こそ、仙気の量には気をつけろよ」
ノワールに言われるまでもなく、幸善は仙気の消耗について考えていた。
仙術は強力な一方で、想像以上の仙気を必要とする。その限界もこれまでの戦いで、ある程度掴めているが、それでも完璧とは言えない。
仙気の残量には気をつけつつ、早々にダメージを与えていかないといけない。
そう思いながら、幸善は足に力を込めた。
その時、死神は幸善から目を逸らしていた。人型にとっては敵であるはずの仙人を前にし、目を逸らすという行動に幸善は驚いたが、チャンスであることに変わりはない。
この間に、と思った幸善が、死神との間を詰めるように跳躍する。
「あちらも始まったみたいだな…」
ぽつりと死神が呟いた直後、死神に飛びかかっていた幸善が片手を振るった。突風と呼ぶに相応しい風が起き、幸善に一切向かない死神に向かっていく。
この風でダメージを与えられると幸善は思っていなかった。風の吹く力は強いが、強く吹いた風でダメージを受ける人はいない。
それでも、行動を制限することくらいはできる。当たって足が止まっても、避けられたとしても、どちらにしても死神の動きは固定される。
そう思っていたのだが、死神は一歩も動くことがなく、幸善の起こした風が死神を避けた。
「はあ…?」
幸善が驚いた直後、飛びかかっていた幸善の太腿に傷が入った。何かに斬られたような痕だが、何かがそこにあるわけではない。
何が起きたと思いながら、幸善は死神や足に目を向けるが、そこから読み取れる情報は何もなかった。
その間に死神は通り過ぎていった風を追うように、その通り道に目を向ける。
「なるほど。弱い風だとこうなるのか」
「弱い風…?」
妖気の感知に特訓の時間を割いていた幸善は、仙術を扱う特訓を十分に行っていない。風の強弱をつけられるほどに風を操ることはできないため、今の風は幸善の全力に近かった。
それを弱い風と言われたことに幸善はショックを受けてから、怒りを覚えた。
足の傷は斬られたように痛みを覚えたが、それで動かせなくなるほどではない。命を取れるほどの攻撃とも思えない。
この程度なら問題はない。それよりも死神を倒すための行動を。
幸善の中で沸々と湧き出る怒りが次の攻撃に移らせた。
そこから、幸善は風を推進力に変え、死神との距離を詰めながら、風で死神の動きを制限して、風の速度で拳や蹴りを叩き込むことを続けた。
しかし、それらの攻撃は死神には当たらなかった。
その攻撃が最初から来ると分かっていたように、死神は簡単に幸善の攻撃を躱し、幸善と一定の距離を保つように逃げ続けた。
その間に不自然に幸善の身体が斬られることはあったが、それは逃げながらだと正確に行えないのか、速く動き回る幸善の身体ではなく、体育館の壁や床が傷つけられることもあった。
それを続けていると、幸善は死神の目的が時間稼ぎにあるのではないかと考え始めた。避けることに集中したら、幸善の身体の微かな動きから、次の攻撃が来る方向や手段くらいは分かるはずだ。
そうして逃げ続け、最終的に幸善の仙気が底をつけば、自動的に死神の勝利になる。
それが狙いなのかと気づいた直後、幸善はこれ以上の時間をかけないように、一撃の威力を上げるように攻撃を始めた。
その様子に気づいたノワールが幸善の肩を軽く引っ掻いた。
「おい、焦るな。そんなに、大振りだと、攻撃が、当たらないぞ」
「それくらい、分かってる。だけど、時間を、稼がれたら、こっちが、先に倒れる」
事態の深刻さを伝えようと、幸善は荒い呼吸を整えながら、ノワールに何とか説明する。
「分かってる。だけど、それだと、本末転倒だ。相手は、敢えて、それをお前に、気づかせて、無駄な攻撃、を増えさせよう、としている、のかもしれない」
「そんなこと、言っても…」
そう答えながら、幸善はさっきから違和感があることに気づいた。肩の上で呼吸を荒くしたノワールを見る。
「どうして、お前まで、苦しそう、なんだ?」
幸善はここまで大きく動き回っている。単純に運動量が違い、荒い呼吸になってもおかしくはない。
だが、ノワールは違う。
確かに肩に掴まり続けることは大変かもしれないが、幸善も一応は気を配っている。ここまで疲労するほどにノワールに負担させてはいない。
それに疑問はもう一つあった。
二人に反して、死神は一切、呼吸の荒さを見せていなかった。
もちろん、身体能力の差はあるはずだ。人間と人型を同じに扱うことはできない。
ただ、そうだとしても、幸善の攻撃を幸善と変わらない運動量で躱し続ける死神も、少しくらいは呼吸が荒くなっていて不思議ではない。
それがないということは、死神が幸善よりも圧倒的に体力があるのか。
もしくは幸善の方に必要以上の負担が生まれているか。
そこで幸善は以前も似た感覚を覚えたことを思い出した。
呼吸の荒さ。それに加えて、謎の切り傷。出入り口を完全に塞いだ強力な風。
それらの条件を並べた直後、幸善の頭の中を、水面を滑るアメンボが横切った。
「まずい…」
気づいた事実に思わず幸善が呟き、ノワールが不思議そうな顔で幸善を見てくる。
「どうした?」
「もう、遅かった…時間稼ぎは、ほとんど、成功してる…」
自分の呼吸を確認するように幸善が手を近づけた瞬間、それを見ていた死神が微笑んだ。
「ああ、ようやく気づいたのか。酸素の薄さに」
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