死神の毒牙に正義が掛かる(19)

「諸事情ありまして河猫ではなく、今回は私がお話を伺います」


 話を聞き始める前の説明として、傘井菜水なみはそう口にした。相手の女性はすぐに納得してくれたのか、軽く頷く。


 女性は以前、河猫が取り調べた人物らしい。河猫が亡くなる直前まで尾行していた人物でもあり、冲方隊が発見し、連行されてきたことまで説明された。


 葉様の一報を聞き、Q支部まで来た傘井からすると、まさかその取り調べをすることになるとは思わなかったが、仕事である以上は断れない。他の二人に見舞いは任せ、取り調べを始めることにした。


 以前の取り調べでは、女性は何も話さなかったそうだが、今日はそうではなかった。軽く口を開かせるために名前から聞いたのだが、素直に重戸茉莉と名乗ってくれた。職業も民明書房で雑誌記者をしていると教えてくれる。


「前回は何も話さなかったと聞いていたのですが、今回は話してくれるのですね?」

「これくらいのことはもう知られているだろうなと思ったので」


 冲方隊の三人が重戸を発見したのは、重戸が働いていると言った出版社の近くだったと聞く。そこまで近くに迫っているのなら、自分の基本的な情報は知られていると思ったのだろう。


 実際のところはQ支部で調べなければいけないことが重なり、ほとんど手つかずの状態だったそうだが、どちらにしても後で裏を取ることだろうと傘井は思った。そうしないと頼るには情報が偏り過ぎている。


「もう一人の男性については聞かせていただけますか?」


 その問いに重戸はきょとんとした表情を見せた。何か不思議なことを言ったのかと思うが、その直後に重戸の方から質問をされる。


「えっと…昨日、私と一緒にいた人って捕まってないんですか?」

「ええ、まだ見つかってませんけど?」


 どうやら、重戸は一緒に捕まったと思ったらしい。それはつまり、重戸が捕まった場所にいたのか、来る予定があったということなのだろう。それなら、後でその場所を調べてもらう必要があると傘井は考える。


「その人のことを聞かせてもらえますか?」

「えっ…あ、はい…」


 そう答えながらも、どこか重戸の表情が変わったように傘井の目には見えた。何かが気になっているようにも見える表情だが、何が気になっているのかまでは分からない。


「どうしました?」


 傘井が軽く聞いてみると、重戸は少し驚いた顔を上げ、軽くかぶりを振った。


「いえ、何でもないんです」

「本当ですか?気になっていることがあるのなら、聞きますよ?」


 傘井ができるだけ優しい口調で提案してみると、重戸は少し迷ったように口を動かしていた。やはり、何かが気になっているようだが、それを口に出すことができない様子だ。もしかしたら、確信があることではないのかもしれない。


「何でも、どうぞ。思っただけでも大丈夫です」


 傘井が話すように促すと、重戸はまだ少し迷ったような素振りを見せてから、ぽつりと一言呟いた。


「先輩に連絡してみてもいいですか?」

「先輩?」

「その…昨日一緒に捕まった人です。その人に連絡してみてもいいですか?」


 外部に連絡。普通に考えて、簡単に了承できることではない。それくらいは重戸も分かっているはずだ。

 それなのに、ここで聞いてきたということは何か理由があるに違いない。その理由が傘井は気になった。


「どうして、連絡を?その必要が?」

「いえ、ちょっと気になるというか…私が捕まった場所で待ち合わせしてたんですけど、あの出版社の辺りは先輩の家からの方が近いはずなので、先輩が来なかったのが気になって…」


 普段は先に来ているが、今日はいなかった。だから、既に捕まっていると思ったのかと傘井は少し納得した。


 しかし、それだけで連絡を取りたいと言い出すとは思えない。そこに何か連絡を取った方がいいかもしれないと思わせる要因があるはずだ。

 そのことを傘井が聞き出すと、重戸は素直に話し出した。


「実はここに来るのに一人の女性を尾行したんですけど、その人の家がどこにあるのか、先輩に教えてくれた人がいたらしいんです。ただその人が誰なのかとか全く分からないし、急に向こうから教えてくれたらしくて、先輩も怖くなったって言ってて」

「それが原因で何かあるかもしれないと思った?」


 傘井の問いに重戸は頷いた。


 確かにQ支部に出入りしている人物の住所を把握しており、それを一方的に相手に伝えてくるとなるとかなり怪しい。人型か、最近で言うなら、11番目の男ジャックの関係者の可能性も十分にある。

 これも報告しておこうと思いながら、傘井は重戸の様子が気になった。流石にこのまま放置することも可哀相だと思い、一度連絡してもらうことにする。


 万が一、人型が接触していたのなら、そこに巻き込まれる可能性がなくもない。恐らく、大丈夫だと思うが、連絡しておいて損はないだろう。

 そう思った傘井がこの場で連絡するのなら問題ないと許可を出した。すぐに重戸は傘井から渡された自分のスマホで、誰かに通話をかけ始める。


 しかし、そこから一向に会話が始まらない。傘井が不思議そうにしていると、重戸がスマホを一度耳から離し、再び通話をかけ始めた。


「どうしました?」

「先輩が出ないんです」


 重戸が少し焦ったような口調で答えながら、何度も通話をかけ続けている。

 だが、一向に相手が出る気配はない。その度に重戸の表情が深刻なものに変わっていく。


 まさか、と傘井は思った。まさか、本当に人型か何かと接触していて、巻き込まれてしまったのか。

 そう考えてしまってから、重戸の焦りが感染したように、傘井も少しずつだが、焦りを覚え始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る