死神の毒牙に正義が掛かる(16)

 人型に陥没した地面が特徴的だった。その形を縁取りしたように、その周りも軽く潰れており、それが押しつけた力の強さを示しているようだ。河猫はそこに落ちて死んだということらしい。


「キングコングが投げ飛ばしたんじゃないのか?」


 相亀は冗談のようにその地面を見ながら言っていたが、その地面と状況は本当にそうとしか思えなかった。強いて言うなら、他にも似た痕はあり、小さなコンクリート片が減り込んでいる場所もあるが、それすらもキングコングの一撃によるものに見えてくる。


「何か他の証拠が見つかるかもしれないと思ったんだけどね。何もないね」


 現場を一通り見終えた冲方が幸善達に声をかけてくる。実際、犯人を示していそうな証拠は河猫の殺害方法以外に見当たらない。その殺害方法も犯人はキングコングと語るばかりで、有力な情報とは思えない。


 次は菊池が殺された現場に向かおう。そのように話はまとまり、幸善達が移動しようとしたところで、冲方のスマホに連絡があった。少し待つように言った冲方の指示通りに幸善達は立ち止まり、冲方を待つことにする。


 連絡は電話だった。誰からなのかは分からないが、声のトーンや話し方から察するに仕事に関することのようだ。もしかしたら、万屋が何か新しい発見をしたのかもしれない。

 そう思っていると、唐突に冲方の表情が曇った。相手に返事をしながら、幸善達に視線を向けてくる。何かと思った幸善達が顔を見合わせていると、通話を切った冲方が真剣な表情で伝えてきた。


「さっき水月さんが襲われたらしい」

「え?水月さんが?」

「大丈夫なんですか?」

「どうやら、偶然葉様君が通りがかったみたいで、水月さんと穂村さんは無事だったみたいだね。ただ葉様君は襲ってきた妖怪と交戦して、一命は取り留めたけど、かなり重傷みたいだよ。その症状が殺された菊池さんと似てるから、多分その妖怪が犯人じゃないかって」


 思わぬ形での犯人の発覚。それは別として、水月や穂村が襲われたのなら、そのことは気になった。


「同一犯ってことは葉様も毒を?」

「らしいね。ただ致死量には至ってなかったみたいだね。だから助かったらしい。それでも、手や腕の状態は酷くて、完全に回復するかは分からないっていう話だね」


 基本的に葉様の行動や考えを認めていない幸善だったが、その話には同情せざるを得なかった。助ける気持ちがなかったとしても、結果的に水月や穂村を助けたことも、その同情を増幅させる。


「どうしますか?一度、Q支部に戻りますか?」

「そうだね。水月さん達のことも気になるし、帰ろうか」


 菊池を殺害した犯人が分かったのなら、殺害現場を調べに行く必要はない。幸善達は目的地を菊池の殺害現場からQ支部に変え、歩き出した。

 その途中で、不意に気になったことを幸善が聞く。


「そういえば聞こうと思って、まだ聞いてなかったんですけど、この菊池さんと河猫さんが殺された時、二人は仕事中だったってあるんですけど、何の仕事だったんですか?」

「ああ、それは君達が見つけてきた雑誌記者の尾行だよ」

「尾行?え?帰したんですか?」

「何も口を割らなかったからね。住居等を突き止めて、そこから調べようとしたらしいよ」

「ああ、そういう…あれ?尾行の途中で殺害されたってことは、あの二人は?」

「今は他の仙人が捜索中だね」

「また逃げたのか…」


 呆れた顔で幸善が呟いた直後、相亀が思い出したように周囲に目を向ける。


「そういえば、あの雑誌記者が働いている出版社はこの近くだな」

「ああ、確かに」


 Q支部に帰る途中に通りがかった場所は、幸善と相亀が一度行ったことのある出版社の近くだった。ただそのことに気づいたところで、まさか、その特定しやすい場所に逃げ出した二人がいるわけはないだろうと思い、幸善も相亀もその場所を調べようとは思わない。


 だから、視線の先に立っている人物が誰なのか、幸善も相亀もすぐに気づかなかった。目の前を通り過ぎようと近づき、互いに顔を見合わせた瞬間になって、ようやく三人は気づく。


『あ』


 その声は幸善と相亀、それから、そこに立っている人物の口から揃って飛び出した。

 咄嗟に幸善と相亀は動き出し、そこに立っている人物の逃げ道を潰すように取り囲み、幸善は逃げ出さないように腕を掴んだ。相亀も幸善の反対側に立っているが、腕を掴むどころか、結界を張られたように近づくことができないでいる。


 その一連の動きを見ていた冲方と牛梁は心底驚いた顔で声をかけてきた。


「急に何をしてるの!?そんな突然、腕を掴んだら、ダメだよ!?」


 事情を知らない冲方と牛梁がそのように慌てるのも仕方がない話だった。そこで幸善と相亀はようやく説明する時間ができたので、発見して捕まえた人物が誰なのか、二人に紹介する。


「この人、例の雑誌記者の一人です」

「え?」


 幸善に紹介された重戸が気まずそうに冲方と牛梁を見ていた。

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