死神の毒牙に正義が掛かる(14)

 爪は危険である。牙は危険である。相手が虎であれば、それくらいは想像がつく。それに加え、尾の形がサソリと同じなら、それも危険だと想像がつく。もしも毒があるのなら、掠ることも許されない。


 既に体調はグダグダだった。手には力が入らない。刀を持つ手の感覚はほとんどない。刀を持っているのかも怪しいが、無理矢理に握るようにしているつもりの手が刀を放していないことは見たら分かる。


 しかし、虎頭の攻撃は許すわけにはいかなかった。集中力の欠如は着実に進んでいる。軽い一撃すら避けられるか怪しく、軽い一撃すら致命傷に変わり得る。


 どれだけ身体が言うことを聞かないとしても、攻撃の手を緩めることは即座に死に繋がる。握っているのかどうかも分からない。痒みや痛みで気を紛らわせてくる。最悪の状態に陥った手で刀を握り続け、虎頭に振り続けるしか葉様に生き残る道はなかった。


 そして、虎頭は刀を躱し続けていた。虎頭の筋力が強くても、皮膚の柔らかさは変わらない。ある程度の力で振らないと筋肉を破れないとしても、一定のダメージは負うはずだ。それが影響はないと判断する人もいるかもしれないが、異形の獣の姿をした妖怪にそこまでの判断ができているのか分からない。単純な怪我から逃れるために避け続けている可能性は強かった。


 一瞬でも捨て身で来られたら終わる。そのことを葉様は理解しているが、虎頭の動きには気づいている様子が見られない。それだけが唯一の生命線だと思いながら、葉様は虎頭と更に距離を詰める。


 赤く腫れていた手は既に腫れているという領域を超え、ついには葉様の手から完全に握る力を失わせていた。それでも、パンパンに膨れ上がった手が刀を放すことを許さず、押しつけられた痛みに葉様は歯を食い縛る。

 妖怪が憎い。その全てを殺してやる。そう思っている葉様ですら、刀を振りたくないと思うほどに、手の痛みは強くなっていた。


 それだけではない。動きによって荒くなっていた呼吸は少しずつ、運動が原因とは思えない荒さを見せ始めている。その段階になったら、自分の手が腫れた理由にも想像がついてくる。


 恐らく、このまま虎の毛に触れ続けることは危ない。そのことも葉様はしっかりと理解できた。


 しかし、虎の毛に触れずに戦うことは、刀を振る葉様からすると不可能なことだった。


 虎の毛から逃れることは、虎頭から離れることを意味している。それは虎頭に攻撃に転じる隙を与えることになり、虎頭が攻撃してくることは葉様の死に直結してくる。


 離れたら終わり、近づいても終わり。要するに葉様は虎頭との戦いで死を回避する方法が見当たらなかった。


 それならば、一体でも多くの妖怪を倒すために離れるわけにはいかない。その思いだけで手から伝わる激痛に耐え、葉様は刀を振るい続ける。

 闇雲に刀を振るう。虎頭が攻撃できないように。自分の刀が虎頭に当たるように。それだけを願いながら、刀を振るい続ける。


 葉様の執念は凄まじかったが、執念だけで斬れる相手ではなかった。葉様の刀が虎頭に当たることはなく、虎頭が葉様の攻撃を避けるように跳躍しようとした。その際に虎頭の背中の翼が開いた。それは跳躍するために虎頭がただ軽く身体を動かした際の変化だったと思う。実際、開かれた翼に強さはなかった。触れたと言った方が正確だ。


 それでも、弱っていた葉様からすると、十分な一撃になってしまった。葉様は軽く吹き飛び、その手から刀が離れ、宙を舞った。


(しまった――!?)


 そう思った時には既に遅く、刀に目を向けた葉様の隙を突くように、虎頭が前足で葉様の足を押し潰すように押さえてきた。実際に押し潰されることはなかったが、そこから動くことができなくなる。


 その間に虎頭は尾を葉様の眼前に突き出してきた。その先についた針からは微かに液体が確認できる。


 これは毒か。そう思った葉様が逃れるように腕を振るった瞬間、尾が葉様の胸に向かって伸びてきた。

 幸いなことに振るった腕がぶつかり、直撃は避けられたが、振るった腕を尾が掠って、地面に突き刺さる。


(しまった――!?)


 毒を食らったかもしれないと思ってから、葉様は尾が自分の服の袖を地面に固定していることに気づく。


 足だけでなく、手まで拘束された。完全に逃げられない。


 そう悟った瞬間、虎頭がその頭をこちらに近づけ、大きく口を開いた。


 そこで見た牙は虎の物よりも細く作られ、知っている獣の牙と違った形をしていた。そこから垂れる液体に気づき、葉様は嫌な予感を覚えたが、既に抵抗するだけの力はなく、葉様は少しずつ心臓の音が速くなるのを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る