死神の毒牙に正義が掛かる(13)
何を基本と考えるのか難しいところだが、頭部や胴部がそうであるように、その動きは虎そのものに近かった。背中の翼も気にすることなく、難なく葉様の刀を躱した身のこなしからは厄介さしか感じられない。
水月と穂村が去った後、葉様は刀を構えながら、距離を取った虎の顔を睨みつけていた。目を離さないように気をつけながら、頭ではどうやって相手するべきなのか考え始めている。手にはさっきの一撃で舞った虎の毛が乗っているのか、チクチクとした刺激で集中力を掻き乱してくるが、毛に怒っていられる余裕はない。冷静に払いながら、葉様は虎の情報を頭の中で処理しようとした。
まず背中に翼が生えている。あれが飾りであるとは考えづらい。仮に飾りだとしても、飾りでなかった場合を考えて行動するべきだ。
あの虎は空を飛ぶ。それは前提として頭に置いておくべきことだろう。
次に特徴的な尾だが、形状的にはサソリの尾に見える。あの特徴的な針がサソリと同じように機能するなら、あの針に毒があることも考慮するべきだろう。
空を飛ぶ毒持ちの虎。そう考えると、厄介さは更に増していく。何より、動きの予測が難しい。
防戦に回ると押し切られそうだ。そう感じた葉様は先に仕掛けることに決め、刀を強く握り締めた。虎頭の妖怪の真正面から、飛びかかるように跳躍する。
その瞬間、虎頭の妖怪も同時に動き出した。それは葉様に対する反応ではなく、逃げ出した水月達を追いかける動きだったようだ。運悪く、飛びかかろうとした葉様と衝突するようにぶつかり、葉様は虎頭の頭突きを貰う形になる。
もちろん、刀を振りかぶるために全身を仙気によって強化していたので、その一撃で致命傷を負うことはなかった。
しかし、死なないだけでダメージは大きかった。
そもそも、葉様は一つ理解していないことがあった。虎の歪さは本来の虎を考えると、簡単に維持できるものではない。頭から胴体にかけての部分が普通の虎だとしたら、それ以外の部分、特に背中の翼は重荷でしかないはずだ。それらが虎の一部として違和感なく存在し、仮に機能するとしたら、それ相応の肉体的な変化もなければおかしい。
つまり、肉体がいくら虎と同じだとしても、その中身、特に筋力が虎と同じとは限らないということだ。完全に不意を突いたと思った葉様の刀を軽く避けた時点で、その可能性には気づくべきだった。
葉様は刀を軽く握る。幸いにも刀が握れなくなるほどのダメージはなかったようだが、それでも軽く呼吸に障害が出る程度には痛みを覚えていた。攻撃用の一撃ではなかったため、骨や内臓にはダメージがないと思うが、身体は十分に痛めてしまったらしい。
これだけの力を持つ相手を自分ができるのかと一瞬、葉様は考えそうになったが、思い返してみると、カマキリも同じ変化を持っていた。
体躯の大きさに比例した力の強さ。一度はそれに苦戦したが、それに苦労し続けると、ここからの戦いで自分は役立たずに成り下がる。
特に人型はこれの比ではないはずだ。
相手ができるのかどうかではなく、相手をしなければならない。気持ちを切り替え、葉様は再び刀を握り締めた。
この虎頭の妖怪は自分が叩き切る。それだけの殺意を込め、葉様は虎頭の妖怪を睨みつけた。
葉様との衝突は虎頭にとっても、急なことだったのだろう。葉様とぶつかり、後退したその場所で、虎頭は少し動きを止めていた。
直接的なダメージに繋がったかどうかは分からないが、最低でも動き出すのに時間がかかる程度の衝撃はあったということだろう。構えていたのなら、それもなかったかもしれないが、ただ走り出そうとしたところにぶつかってしまったのなら、眩暈が起きていてもおかしくはない。
この隙を突けば、異形の見た目をしていようと、筋力が普通の虎よりも強くなっていようと関係がない。
葉様は虎頭が再び動き出す前に、その距離を詰めるように走り出していた。虎頭の側面に回り込みながら、胴体を真一文字に切断しようとする。
しかし、刀が虎頭に触れる前に、虎頭は意識を回復したようで、葉様から距離を開けるように跳躍した。
その間、葉様は愕然としていた。
今の一瞬、葉様は虎頭が回避するよりも先に刀を振るうことができていた。虎頭が跳躍するよりも先に葉様の振った刀は胴体を捉え、確実に肉を裂いていたはずだ。
それなのに結果的に避けられた。その理由は明白だった。
葉様は自分の手に目を向ける。さっきまで刀を強く握っていた手だが、刀を振るおうとした直前くらいから、うまく力を入れることができなくなっていた。
それだけではない。猛烈な痒みに、強制的に意識を持っていかれる痛み。その変化は走り出した段階から、緩慢だがあったようにも思える。恐らく、振るう直前に意識を手に集中させたことで、その感覚が強くなったのだろう。
葉様が確認するように自分の手を見てみると、その手はさっきの姿と大きく異なり、真っ赤に腫れていた。
いつから腫れていたのか。何が原因なのか。葉様は考えようとするが、冷静な思考は全て手を覆う痒みや痛みに持っていかれ、考えがまとまることはなかった。
その間に虎頭はすっかり体勢を整え、今にも動き出そうとしている。
その姿に気づいた時、葉様は自らの危機にようやく気づいた。
両手が機能しない状態。動きの予測できない相手。それは圧倒的に不利な状態であり、仮に防戦になると、確実に殺される状況だ。
ここは何としても、押し切らないと死ぬ。そう判断した葉様が痒みや痛みを覚えたまま、無理矢理に刀を握り締めた。
虎が跳躍する。その予備動作に合わせ、葉様も一歩踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます