死神の毒牙に正義が掛かる(12)
違和感を早々に違和感として認識する。それだけを聞くと当たり前のことのようだが、それを確実にできる人は少なく、それを確実にできることが仙人としての一つの素質になる。様々な動物の姿をして、日常に溶け込んでいる妖怪を見抜くには、些細な違和感も見逃してはいけないということだ。
それ故、水月は明るさの中に唐突に影が現れたことをすぐに疑問に思った。隣の穂村が俯いている中で、水月は空を見上げる。
そこで空を飛ぶ何かを見た。それが何なのかは暗さから分からなかったが、鳥のような翼の形状と鳥には見えない胴体の歪さが目に入り、それが水月の身体を動かした。
「陽菜!こっち!」
「え…?」
水月が穂村の手を引くと、空を飛んでいた何かは二人が立っていたその場所に落ちてきた。そこでようやく水月はその姿の異形さを把握する。
頭から胴体にかけては虎そのものだ。虎の独特な模様も入っている。ただ背中には、虎に生えていることのない翼が生え、針のついた尻尾はサソリのそれのようだ。
それは水月の知っているどの動物にも当てはまらなかったが、どの動物にも当てはまらない存在がいることは話に聞いていた。幸善と相亀も巨大な蜘蛛と戦ったらしい。
それを考えると、目の前の相手が妖怪であることは妖気を探らなくても分かった。その存在が目の前にいる危険性も、考えるまでもなく分かることだ。
穂村は何度も心配していたが、ここまで荷物を持って歩くくらいなら、何ともないくらいには水月の身体は回復していた。
しかし、完全に回復したのかと言われると、そうではないことも分かっていた。歩き続けたことで自分の身体の状態は良く分かった。歩くことなら問題はないが、走れないことも分かってしまった。本当に助かっただけなのだと、水月は今更ながらに理解することになってしまった。
未だに倒れ込んでいる穂村を見ながら、水月は体内で仙気を動かしてみる。全身の仙気の流れを感じ取り、その方向を変える。それは問題なくできたが、完璧というには苦痛が大き過ぎた。隣で穂村が何かを呟いたが、その声も聞こえず、水月は深呼吸で痛みを紛らわせる。
これは無理そうだと思いながら、水月は立ち上がろうとした。逃げるにしても、戦うにしても、水月は足手まといになる。
ここは穂村一人で逃がして、自分は盾となった方がいい。二人共助からないよりはそっちの方がいい。
そこで穂村が水月の腕を掴んできた。驚いた水月が振り返ると、穂村が心配と不安の混じった表情をしている。
「ダメだよ…?今の悠花は動ける状態じゃないんだよ…?」
「分かってる。だけど、あれは私達を見てるから。私しか陽菜を守れないから」
自分が穂村を守るしかない。自分が穂村の盾となるしかない。その思いから、水月が異形の妖怪を見た時、向こうも虎の顔をこちらに向け、睨みつけてきた。
「待って…悠花!」
その穂村の声は水月の耳に入っても、その意味を聞き取ることはできなかった。全身の気を動かし、少しでも長く立っていられるように身体を強化させようとして、この時の水月は激痛に耐えていた。
(陽菜…逃げて…)
微かに薄くなる意識を必死に保ちながら、水月がそう思った瞬間のことだった。水月の視界を何かが横切った。
それが何か一瞬分からず、目の前で何が起きているのか、すぐに理解することができなかったのだが、異形の妖怪が動いた瞬間に違和感が強くなり、水月は痛みから逃れるように、全身の気から意識を離した。
代わりに水月の目の前に現れ、刀を振るっていた人物の姿をようやく理解する。
「葉様君…?」
咄嗟に口から飛び出た名前に、相手も水月の姿に気づいたようだった。少し驚いたような表情を見せてから、何も言わずに水月から離れた位置に立つ妖怪に目を向けている。
「あれは俺が殺す」
葉様が小さく呟いた言葉に水月は口を開こうとした。何を言おうとしたのか、それは自分自身でも分からないが、恐らく、余計なことだったと水月は思う。
それを言わなかったのは、水月が口を開くよりも先に穂村が水月の手を取ったからだ。
「悠花!」
穂村は水月が言うよりも先にそう言って、その場から離れるように走り出した。
「ありがとう!」
穂村にそう礼を言われた葉様は一切振り返ることなく、刀を妖怪に向けている。その姿を見て、水月はホッとした気持ちよりも、どこかモヤモヤとした気持ちの方が強くなっていた。
そのことに自分自身で気づき、水月はつい唇を噛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます