死神の毒牙に正義が掛かる(9)
突発的に発生した空飛ぶオオカミとの戦いを除くと、有間
「雫ちゃん。あんまり離れると迷子になるよ?」
とても高校生とは思えない注意を有間から受け、歩き過ぎていた美藤は少し立ち止まるが、その鼻息は荒く、空回りするほどに気合いが入っていることだけ伝わってくる。
「ていうか、そんな速く歩いて、写真も確認しないで、どうやって探すつもりなの?」
浅河からの全うなツッコミを受け、美藤は衝撃の事実に気づいたような驚きを表情に見せた。そこまで驚くことかと呆れる浅河の前で、
有間隊の四人に下された命令は他の仙人の多くと同じく、奇隠が現在捜索すべき人物の捜索だった。一人は土田だが、そちらの情報は欠片も見えないほどに分かっておらず、追いかけるには難しい。もう一人はシェリー・アドラーだが、そちらはQ支部に捕まった鈴木が情報を有していそうであり、そちらを当たった方がいい。
そうなると、必然的に優先度が高くなるのは最後の相手であり、四人はカマキリが出現した際に目撃された男の捜索を始めていた。もちろん、そこには有間と皐月が目撃した接触していた女も含まれている。
ただし、美藤と浅河は目撃していないそうなので、二人は送られてきた画像を参考にして探さないといけない。ずんずんと突き進んでも、画像を見なければ突き進んでいるだけになり、それはただの散歩だ。
少しだけ冷静さを取り戻した美藤がスマートフォンを取り出し、例の二つの画像を見始めた。
「あの時にこの人達がいたのか~。全然気づかなかったなぁ」
自分の頭を撫でる皐月を見ながら、美藤は不思議そうに呟いている。それは浅河も同じだったようで、皐月の頭を撫でながら、うんうんと頷いていた。
「だけど、闇雲に歩き回って見つかるものなの?もっと何か目撃証言とかないと動けなくない?」
「あのファミレスにいたのなら、あのファミレスの近くにいるんじゃないかっていう判断みたいだけど…」
浅河の質問に答える声が消え入るように小さくなってしまったのは、有間も同じことを思っていたからだった。確かに自分は目撃したが、あの場所での目撃が証言になるのかと聞かれると怪しさしかない。
あの直後に神社でオオカミに襲われたことを考えると、そのために自分達をつけていた可能性も十分にある。それはきっと鬼山も気づいていることだろう。そうは思うのだが、この行動に意味があるのかと言われると、それは何とも答えづらい。
「どっちでもいいよ。久しぶりの私達四人の仕事だからね。ちゃんとこなさないと!しっかり歩くぞ!」
「歩くことが主目的になってるじゃん…」
美藤のずれた掛け声にそうツッコミを入れていた浅河だったが、その後の展開は美藤の言葉通りになっていた。
目的の人物の捜索を開始し、約一時間半が経過していたが、有間達四人はただひたすらに歩いているだけだった。もちろん、道中で軽い聞き込みは行っている。
だが、そのどれもが空振りに終わり、明確な目撃証言も見つからないまま、疲労だけが溜まってきていた。
「ちょっと休まない?」
浅河の提案を受けた時、有間もそのことを考えていたが、周囲に休める場所もなく、どうしようかと悩んでしまう。
「もうちょっと探してみようよ」
疲れが溜まってきていないわけではないが、最初から入っていた気合いの効果もあり、しばらくの入院生活が響いている有間や、普段から動き回ることが得意ではない浅河と違い、美藤はまだ少しの元気があるようだった。何だかんだ疲れの見えてきている皐月はその間で悩んでいるように見える。
「どちらにしても、ここで休めないし、休めるところを探しながら、もう少し探してみようか」
有間が二人の意見をまとめるようにそう告げると、浅河は仕方がないと表情で語りながら、引き続き歩き始める。
その直後に美藤が立ち止まった。それに続いて立ち止まった三人が不思議そうに美藤を見ていると、美藤は頻りにスマートフォンと少し先を見比べ始めた。
「あれ?あの人って…」
そう呟いた美藤の視線の先には二人の人物が立っていた。一人の男の人には見覚えがなかったが、その人の手を掴んでいる女性には見覚えがあり、有間が目を凝らした時、美藤が浅河にスマートフォンの画面を見せ始める。
「あの人って…だよね?」
そう呟いた美藤のスマートフォンを浅河と一緒に覗き込んだことで、有間と皐月も気づいた。
そこに立っている女性はあの日、ファミレスで目撃したあの眼鏡の女性だった。
四人がそのことに気づいた瞬間、女性に手を掴まれていた男が逃げ出し、そのタイミングで女性が口を開いた。
「逃げるよ!」
その声に四人が驚いている間に、その女性は掴んでいた男とは違う方向に走り出し、有間達は慌てて、その女性を追いかけ始めた。
場所はいくつかのアパートが並んだ住宅街だ。道は細かく、行き止まりも多い。ここで逃げ切ることは難しいはずだ。そう思った有間の読み通り、逃げ出した女性はやがて、袋小路に入っていく。
「あの奥は行き止まりだから、そこで捕まえられるよ」
有間が少し先を走る美藤と皐月に伝え、少しずつ走る速度が遅くなってきた浅河を鼓舞するように背中を軽く叩いた。浅河はかなり疲れているようで、小声で有間に「死にそう」とだけ伝えてくる。
その間に美藤と皐月は女性の入り込んだ道に入っていった。少し遅れて、有間と浅河もそこに合流する。
そこで美藤と皐月は立ち止まっていた。そこにはいるはずの女性の姿がなく、二人は驚いた顔で辺りを見回している。
「え?あれ?あの人は?」
有間が呼吸を整えながら聞くと、美藤と皐月が不思議そうな顔で首を傾げ、「いなかった」と言ってきた。
「え?でも、ここに入ったよね?」
「そのはずなんだけど、どこにもいないよ?」
「消えた…」
「嘘…?こんなに走った意味は…?」
疲れ切った浅河が絶望した様子でその場に座り込む。
そこで落ちていた何かをお尻で踏んでしまったようだ。痛かったのか、「痛っ!?」と声を上げながら、浅河が腰を上げる。それから、踏んでしまった物に目を向け、急に動かなくなる。
「え…?何これ…?」
「どうしたの?」
固まった浅河がぎこちなく指を差したので、有間達三人が浅河の足下に目を向けると、そこには白く長い何かが落ちていた。それが何なのかは、はっきりと分からなかったが、似たものは知っていたので、それを見た四人が揃って固まってしまう。
「え…?骨…?」
「に見えるよね…?」
ゆっくりと顔を見合わせ、少しずつ顔を青褪めさせてから、四人は骨にしか見えない何かから離れるように、急いで走り出した。
その時の足の速さは女性を追いかけている時の比ではなく、一番疲れているはずの浅河が一番前を走っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます