死神の毒牙に正義が掛かる(3)

 ラウド・ディールを目の前にして、鈴木すずき蕪人かぶとは表情を崩さなかった。シェリー・アドラーの居場所を問われても、無言を貫き続け、ディールは吐かせるためにQ支部に連れてくるしかなかった。


 テーブルを挟み、ディールと鈴木が向かい合っているだけの部屋の中。鈴木はディールの傍らに置かれたカメラが気になっているのか、チラチラと視線を寄越している。


「気になるのかぁ?」


 ディールがカメラを横目に鈴木に聞いてみるが、鈴木は口を開かない。何も答えないというスタンスはあくまで崩すつもりがないようだ。その態度を見る度に、ディールは強引に口を開かせたくなるが、ディールが捕まえた際に何もしてこなかったことを考えると、鈴木は仙人でも人型ヒトガタでもないと考えるしかない。


 ただの一般人に薬や機械を使って、無理に口を開かせることはできない。仙人や人型なら非情な決断も躊躇いなく下すディールだが、それくらいの倫理観は有している。それくらいの倫理観くらいはないと、ディールは序列持ちナンバーズとして、辛うじて保てている奇隠の中での立場すら失ってしまう。


 あまりに何も話さない鈴木にディールも閉口し、部屋の中を静寂が満たしたタイミングで、部屋の外を誰かが走ってきた。隣の部屋に慌ただしく駆け込み、何かを話している声が微かに聞こえてくる。


「騒がしいですね」


 不意に鈴木が口を開いたのは、その時だった。まさか話し始めるとは思っておらず、そのことにディールは一瞬驚き、うまく声が出なかった。


「ああぁ。そうだなぁ」


 ディールは隣の部屋と面した壁に目を向け、その向こうで何を話しているのかと、ぼうっと思う。その部屋にはディールの傍らに置かれたカメラの映像が送られており、鬼山きやま泰羅たいらがそこでこの部屋の様子を見ているはずだ。


「意外だなぁ。話すつもりがないのかと思っていた」

「いえ、別に」


 そっけなく呟いた鈴木の表情やテーブルの上に置かれた手に目を向け、ディールは鈴木が話し始めた理由に検討をつける。


(落ちついたのか――?)


 動揺。ディールがアドラーに関して声をかけた段階で、それは確実にあったはずだ。表情に出さないようにしていたが、それが心情を支配していたとしたら、下手に口を開くことで不必要な情報をディールに与えたくなかったのかもしれない。


 その動揺がなくなったから、今になって口を開いた。そう考えると、少なくともディールが鈴木の正体を突き止めたことは予定外だったということになる。

 実際、ディールも思わぬ出逢いがなければ、鈴木まで辿りつくことはなかった。これは明らかな偶然だ。


 そう考えると、この時間は多少の時間稼ぎもあるのかもしれないとディールは思った。これが偶然ならアドラーも鈴木が奇隠に捕まったことを把握していないはずだ。それに気づくまでの時間を稼ごうとしていると考えると、この行動にも納得できる。


 要するに、この向かい合っている時間に意味はないのか。そう気づいた瞬間のディールの倦怠感は言葉にできないほどだった。これまでの時間も、これからの時間も無駄となると、ディールは座ることも面倒に思えてくる。


 そこで部屋の扉がノックされた。ディールと鈴木がほとんど同時に扉に目を向け、それから、照らし合わせたように顔を見合う。そのことに特に発言することもなく、ディールは立ち上がると、部屋の中にいる鈴木に少しだけ意識を向けながら、扉を開いた。鈴木が襲いかかってくるとは思えない上に、そうなっても負けるとは思えないが、一応は警戒する。それくらいの常識はディールも持っている。


 部屋の外には鬼山が立っていた。部屋の中の様子を見て、痺れを切らしたのかもしれない。そう思い、ディールは不敵に笑ってみせるが、鬼山は気にする様子を見せない。


「これ以上の時間は無駄だと思います。他の手段を用いましょう」

「何かあるのかぁ?」


 流暢とは言い切れない鬼山の英語に聞き取りを苦労し、眉を顰めたディールがそう聞く。


「さっき没収した持ち物の中にスマホがありました。それを調べます」

「おいおい。人の荷物を漁るのかよぉ?」

「薬を使うよりはマシです」

「そうかぁ?」


 ディールは怪訝な顔をしながら、鬼山の顔を覗き込み、それから、部屋の中に一度だけ視線を戻した。そこでは未だに表情を崩すことなく、鈴木が座っている。


 アドラーの居場所。それだけでここまで黙るだろうか。不意にそう思い、ディールはついつい小さな笑みを浮かべていた。

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