新たな出逢いが七面倒に絡み合う(9)

 数日振りに店を訪れると、寂しさを感じることになった。その理由は考えるまでもなく、はっきりとしている。いつものように席につきながら、自分に挨拶をしてくれた店主に顔を向け、鈴木すずき蕪人かぶとが聞いた。


亜麻あまちゃんはどうしたんですか?」


 いつものように注文しながら、不意に聞いたその言葉に仲後なかご筱義しのぎは悲しげな表情を見せた。


「急な話なんだけどね。留学に行ってしまったんだよ」


 カウンターの向こうから返ってきた仲後の言葉に、鈴木は驚いた顔を見せる。アルバイトとして働いていた亜麻理々りりとは何度も話したことがあるが、留学に関する話は聞いたことがなかった。だからこそ、急な話なのだろうが、少しくらいは相談してくれてもいいのに、と鈴木は思ってしまう。


「それは寂しいですね」


 率直な感想を漏らすと、仲後も同じように寂しそうな顔をした。留学に行くのなら、最後に一言くらいは挨拶をしたかったと思うが、それも今となっては仕方がない。


 頼んでいたコーヒーが運ばれ、鈴木が口をつけようとした。そこで店の扉が開き、店に一人の女子高生が入ってきた。その姿を見て、鈴木が笑みを浮かべながら挨拶をする。


「こんにちは、穂村さん」

「あ、鈴木さん!お久しぶりです!」


 店内に入ってきた穂村はテーブル席に座る鈴木を見るなり、嬉しそうな顔をしていた。数日振りに訪れた鈴木と違い、穂村はこれまでと同じペースで店を訪れているのなら、既に亜麻がいなくなったことを聞いているのだろう。

 もしかしたら、久しぶりに知っている顔を見つけ、嬉しく思ったのかもしれない。それは鈴木も同じだったので、想像がついた。


「お仕事はいいんですか?大きな仕事があるって」

「ああ、それは概ねうまく行ったよ。用意しようとしたお土産は失敗したんだけど、それ以外は気に入ってもらって話はスムーズに進んでいるから、今はちょっと時間ができたんだ」

「お土産は気に入ってもらえなかったんですか?」

「ううん。用意できなかったんだ。手に入らなかったとも言えるね。まあ、仕方ないことだよ。良くあることさ」


 実際、鈴木は気にしていなかった。あくまでプラス要素として用意したかっただけであり、結果的に話がまとまったのなら、それで問題はない。今となっては必要なかったことだと思うだけで、特に残念がる必要もない。


「ただ仕事が成功したから、少し引っ越すことになってね。もうここに通うことは難しそうなんだよ」

「え?鈴木さんもどこかに行くんですか?」

「どこかに行くとは言っても日本の中だけどね。また近くに来たら寄ることもあるとは思うけど、いつになるかは…」

「そんな…」


 穂村は残念そうだったが、仕方がないことだ。元々、今回の仕事がうまく行ったら、居場所を移すつもりだった。この店に通うのも本来はそこが最後の予定だ。ただ少し居心地が良くて、また来てもいいと思えるから、可能性が残るようなことを言ってしまった。


 鈴木はスマートフォンを取り出し、時間を確認した。そろそろ時間だと思い、鞄の中から財布を取り出す。


「申し訳ないけど、今日はこの後にも予定があって、これくらいで帰らないと。挨拶をするなら、今しかなかったんだ」

「そうなんですね」

「また来てください」


 仲後の一言に鈴木は曖昧に頷きながら、店を後にした。その時の寂しそうな顔に、最初に店を訪れようと思った理由を説明できないと思い、鈴木は苦笑する。


 待ち合わせ場所はミミズクから少し歩いた場所にある公園の入口。そこで約束の相手は待っているらしい。

 らしいというのは相手が誰か鈴木は知らないからだ。恋人から急に連絡があり、鈴木が仕事で悩んでいたことを相談できる相手が見つかったかもしれないという話だった。確かに鈴木は悩んでいたが、それは少し難しい話で、相手が誰でも簡単に相談できるものではない。


 相手には悪いが断ろうと思い、鈴木は待ち合わせ場所に顔を出す。


 そこには奇抜な格好をした男が立っていた。全身に黒をまとった男で、見た目の雰囲気は外国人のようだ。


 そうか。外国人なら、自分の悩みが伝わるかもしれないと思ったのかと思い、鈴木は苦笑し、男に近づく。


 そこで男と目が合った。正確には男がサングラスをかけていたので、目は見えていない。ただ男が動かずにじっと見てくるので、鈴木はどう反応したらいいのか分からず、固まってしまう。


「どうしました?」


 鈴木が恐る恐る英語で話しかけた瞬間、男がサングラスを取り、不敵な笑みを浮かべた。


「間違いなかったみたいだなぁ」

「えっと…何の話ですか?」

「今からする質問に正確に答えろぉ」


 そう言って、男が鈴木の腕を掴んでくる。その力はあまりに強く、振りほどこうにも動かすことすらできない。


?」


 その問いに自らの失敗に気づいた鈴木だったが、既に逃げられる状況ではなかった。

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