新たな出逢いが七面倒に絡み合う(1)

 謹慎。その言い方は非常に便利だと頼堂らいどう幸善ゆきよしは思った。要するに体のいいクビ宣告。

 ただクビと言い切ると幸善を完全に奇隠から切り離すことになる。それは避けたい御柱みはしら新月しんげつが用意した便利な言葉。本当に便利だと幸善は悪態をついた。


 奇隠での仙人としての活動。それは成り行きからだったが、これまで続けてきたのには理由がある。

 人間と妖怪の仲介。その仙人としての役割を全うしながら、理不尽に殺される妖怪を一人でも救いたい。その思いから、妖怪の言葉を理解できる幸善は仙人としてあり続けようとした。

 それがこんなに簡単に終わりと言われるとは思ってもみなかった。


 もちろん、完全に終わったわけではないと分かっている。幸善のことを嗅ぎ回っている人物を見つけたら、幸善は無事に奇隠に戻れる。

 あの日、巨大な蜘蛛の前から逃げ出し、久世くぜ界人かいとから情報を聞き出したあの人物を捕まえたら、幸善の立場は取り戻せる。


 だが、それはとても難しい。そのことも分かっているからこそ、幸善は悩んでいた。御柱から謹慎を言い渡された翌日になっても、幸善の悩みはなくならない。


「どうしたの?」


 流石にそれだけ悩んでいたら心配させたのか、幸善の様子に気づいた東雲しののめ美子みこが声をかけてきた。とても明るいとは言えない表情の幸善に、同じだけ表情を曇らせながら、東雲が幸善の顔を覗き込んでくる。


「いや、ちょっといろいろあって…」


 奇隠のことや仙人のことは話せない。詳細を伝えることはできず、濁らせることしかできない幸善の様子に、東雲は更に表情を曇らせる。話してくれないことを怒っているのかもしれないと幸善は思うが、話せないことは仕方ない。心の中で東雲に謝罪する。それくらいが精一杯だ。


「もしかして、昨日の呼び出しか?」


 そこまでの会話を聞いていたのか、様子を見ていたのか、我妻あづまけいが唐突にそう声をかけてきた。その的確さに幸善は反応に困り、何かを言おうと口を開いたまま、何も言えずに固まってしまう。

 それでは図星と言っているようなものだと思ったが、思った時には既に遅く、二人は納得したような顔をしていた。


「やっぱり、何かあったんだね。大丈夫なの?」

「どんなバイトか分からないし、話せないなら無理には聞かないが、俺達にできることがあるなら、言ってくれ。何でもするし、相談にも乗る」

「あ、ありがとう」


 二人の真摯な対応を見て、幸善は奇隠のことを黙っていることに妙な罪悪感を覚えてしまう。話せないことだから仕方ないのだが、仕方ないでは免罪符にはならないくらいに、二人には心配をかけてしまっていると改めて理解した。


「ちょっと人を探す必要があって、その方法を考えているところなんだ」

「人を?」

「どうしたの?三人集まって」


 幸善が少しだけ悩んでいることを吐露しても構わないかと思った瞬間、久世が三人を発見したようだ。幸善達に近づいてきて、いつものニヤニヤとした表情で幸善に声をかけてくる。


「何か、幸善君が人を探さないといけないらしくて」

「何?どんな人?」

「お前が聞くか?」


 その反応で久世は察したのか、流石に申し訳なさそうな顔をして、小さく「ごめんね」と呟いている。


「え?久世君は知ってるの?」

「まあ、いろいろとあって…あれが問題になったの?」

「まあな」

「けど、人を探すって大変だよね?」

「そうだよね。私も思いついたらいいけど、私自身その方法を知りたいくらいだし」

「え?東雲さんも誰かを探したいの?」

「まあね」


 話が自分に向いたことに驚いたのか、東雲が困惑した様子で笑っていた。幸善の悩みを吐露しても、それで解決するような話ではない。東雲に何かあったのなら、そちらも聞いてあげたいと思い、幸善の視線は東雲に向く。


 それが合図になったわけではないと思うが、我妻と久世も東雲を見て、東雲から話を聞こうとしていた。東雲は幸善に話を譲ろうとしているが、受け取りを拒否しているので、東雲は話すしかないと観念したようだった。


「実は昨日、愛香まなかさんとショッピングモールに行ったんだけどね」


 どこに行くのかは知らなかったが、愛香四織しおりとどこかに行く話をしていることは知っていた。あの後にショッピングモールに行ったのかと思いながら、幸善は続きを聞く。


「そこで騒ぎが起きたんだよ。何か、カマキリの化け物が出たとか何とか」

「何それ?」

「どんな話だ?」


 我妻と久世は困惑しているようだったが、幸善は別の理由で困惑していた。


 カマキリの化け物。それは妖怪ではないのか。そう思うのだが、確認方法はない。そのことにモヤモヤした気持ちを抱え始める。


「その前にね。ショッピングモールで迷子の男の子を見つけたんだけど、その時に逃げ出しちゃって。その子が無事なのかどうかが気になってるんだよね」

「何か、凄く変わった話から、急に普通の話に着地したね」

「その子のことが気になってるから、探したいと思ってるのか」

「まあ、無理だって分かってるんだけどね。六、七歳くらいの小さな男の子だったから、あの中で大丈夫だったのか気になって仕方ないんだよね」

「普通は無理だよな。見つかるかどうかも分からないし、人に伝えるにしても、一度逢っただけだと特徴を伝えづらいし」

「ああ、それは大丈夫だよ。どこの国か分からないけど、外国人の男の子でとても綺麗な青い髪をしていたから、あの髪を染めていな限りはすぐに分かると思う」

「作ったみたいに特徴的な子だね」


 三人が迷子の男の子の会話で盛り上がる隣で、幸善は話の半分以上が耳に入っていなかった。カマキリの化け物が妖怪なのかどうかが気になり、そのことを知っている東雲は奇隠的に問題ないのかと考え始めたら、話に集中できなかった。


 このことを確認したいが、幸善は昨日何かがあったのかも知らない。そのことを詳しく分かりそうな人がいたらいいが、幸善はQ支部に行くことができない。

 どうするかと思い、幸善がスマートフォンを取り出しかけた時だった。


「頼堂はいるか?」


 不意に教室の出入り口から声を聞こえ、幸善達の視線がそちらに集まった。


 相亀あいがめ弦次げんじがそこに立っていた。

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