三日月は鎌に似ている(11)

 神社という固定概念から離れ、浦見と重戸は住宅街を移動していた。浦見が恐怖すら感じた謎の女性からの証言を参考に、その場所までやってきたのだが、内心はそれが罠ではないのかという疑いもある。


 しかし、行き詰まった浦見はそれが罠だとしても、飛び込むしかなかった。あの写真の女性の正体を掴むためには、危険を冒してでも頼れるものに頼るしかない。


「いや、諦めましょうよ」


 ジャーナリズム溢れる浦見の意気込みに対して、重戸が冷静なツッコミを入れる。命を懸けるほどの秘密はないと思うのが普通だが、そう思わないから浦見は浦見なのだ。

 重戸の冷静な判断など無視をして、例の写真の女性の聞き込みを始めた。


 もちろん、大概の人は警戒している。仮に知っているとしても何も教えてくれない。それは重戸がいても変わりないことで、教えてもらった場所でも、しばらく目立った成果はなかった。


 もしかしたら、罠ではなく、ただ揶揄われただけなのではないか、と本来は真っ先に思いそうなことをようやく思い、浦見が諦めようとした時だ。


 その発見は突然だった。何人目かの聞き込みも空振りに終わり、重戸と帰ろうかと話をしながら、最後のチャンスと向かった先で、浦見と重戸はその女性を見つけた。


 それは間違いなく、あの写真に乗っている女性だった。どこかからの帰りなのか、道路を歩いている姿を見つけた瞬間、浦見は叫び声を上げそうになり、慌てて重戸に押さえられる。


「ちょっと!?何を叫びそうになっているんですか!?」

「ご、ごめん。つい」


 浦見が重戸に謝りながら、見つかった喜びを胸の中に押さえ、歩いている女性に目を向ける。これは謎の秘密結社を暴くために必要な行動なのだと言い訳し、その女性のストーキングを開始する。


「何か、改めて意識すると、ただの犯罪ですね」


 ストーキングしている自分達の姿を第三者的にイメージしたのか、重戸がぎこちなく笑いながら、そう呟いた。


「人の記憶を消すのだって犯罪だよ」

「それは…そうなのかな?」

「何で自信ない風なの?」


 普通に考えて犯罪だと浦見は思っているが、その自信のない返事をする重戸を見ていたら、その考えも偏ったものなのかと不安になってくる。


「え?犯罪だよね?傷害罪的なアレじゃないの?」

「いや、法律は詳しくないので」

「いや、それはそうだけど…犯罪っぽくない?」

「ぽさで言うなら犯罪っぽいですよね」


 雰囲気だけの会話を繰り返している間に、尾行していた女性は住宅街を離れていく。そのことに浦見と重戸は違和感を覚えていた。


「ていうか、これ、家に帰る感じじゃないですよね?」

「この時間から、どこかに行くのかな?」

「普通にプライベートな時間を覗くことになりません?」


 重戸の言いたいことが何か分かり、浦見はストーキング行為に罪悪感を覚え始めた。秘密の組織を調べるつもりだったが、一般女性の日常を見ることになるのなら、これは本格的にただの犯罪だ。


 流石に引き上げるか、と浦見が判断を下しかけた時だった。女性はある公園に入っていった。誰かと待ち合わせしているのだろうかと思いながらも、調べていることに関係がないのなら、浦見が覗くべきではない。


「重戸さん。これはもう帰ろうか」

「あっさりと帰るんですね」

「でも、この公園で普通に待ち合わせしているだけかもしれないしさ」

「でしたら、一応待ち合わせかどうか確認してからでもいいんじゃないですか?」

「ああー…まあ、それもそうか」


 浦見はあと少しだけと思いながら、女性の後を追いかけて、公園の中に入っていく。その公園には浦見も来た覚えがあった。ただいつ来たのかは思い出せない。


 女性は想定よりも公園の奥に歩いていた。待ち合わせにしては奥まで行くと思いながら、浦見と重戸は更についていく。その途中になって、浦見の記憶も少しずつ鮮明になっていく。


「そういえば、この近くにトイレがあるんだよね」

「トイレですか?」

「そう。絶対に開かないトイレ。噂を聞いて、昔調べたことがあるよ。本当に開かなかったし、何も分からなかったけど」


 そう言いながら、浦見は見覚えのある場所に喜びを顔に出した。


「ああ、そうそう。ちょうどこの辺だよ。ほら、あれ…」


 浦見が指差した瞬間だった。その指の先にある一つのトイレの扉を尾行していた女性が簡単に開けた。そのまま、その扉の中に入っていく。


「え?あ?え?」

「あれですか?今、普通に開きましたよ?」

「いや、そのはずなんだけど…え?」


 簡単に開いた開かずのトイレ。その中に消えていった写真の女性。浦見の理解を超えた光景に浦見の思考は完全に停止していた。

 これが重要な発見かもしれないと思うのは、これから数時間後のことである。

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