三日月は鎌に似ている(9)

 ショッピングモール西館二階。そこにある迷子センターに東雲と愛香はいた。男の子を迷子センターに送り届けるミッションを成功させ、今は男の子の家族が現れるのを待っている状態だ。本来は二人が待つ必要はないそうなのだが、未だに自分の名前も言えないくらいに不安そうな男の子を見ていると、二人はどうしても帰ることができなかった。

 特徴的な見た目が店内に伝えられ、その声を迷子センターにいる二人も聞く。名前が分からなくても、これなら家族の人なら分かってくれるはずだ。


 そう思ったのだが、しばらく待っても、男の子の家族は現れない。少なくとも、姉と一緒に来ていることは男の子の言葉から分かっていることなので、その人物が現れそうなものだが、それもない。

 どうしているのだろうかと思っていると、職員が相談している声が聞こえてきた。


 どうやら、このショッピングモールはその距離から、西館と東館で店内放送が分かれているらしい。今の音声は西館にしか流れておらず、東館に人がいたら聞こえていないそうだ。そのシステムはどうなのかと聞き耳を立てていた東雲は思う。


 職員の一人が慌ただしく、迷子センターを出ていった。恐らく、東館の方に迷子がいたことを伝えに行くのだろう。その手段は分からないが、ここからは伝えられないようだ。


 そう思っていたら、それと入れ違いに一人の職員が駆け込んできた。その慌てように東雲や愛香も驚いていると、徐々に店内が騒がしくなっていることに気づく。


「東館で騒ぎがあったらしい!」


 駆け込んできた職員が他の職員にそう伝えていた。その抽象的な報告に迷子センターにいた職員達は戸惑った顔をしているが、事態はそれどころではないようだ。


 その職員の説明によると、東館ではカマキリの化け物が暴れたと言って、客が出入り口に殺到し、かなりの騒ぎになっているらしい。実際にカマキリの化け物がいるかは分からないが、その混乱が西館にまで伝わったことが、今感じたばかりの騒がしさの原因のようだ。


「人手が足りない!手伝ってくれ!」


 駆け込んできた職員はそのように頼んでいたが、今の迷子センターには迷子がいる。その家族が見つからない限り、この場所を離れるわけにはいかない。


 そう思っていることは分かったが、その間にも店内の騒がしさは膨れ上がっていた。その原因は分からないが、このまま放置しておくとかなり危ないことになるのは目に見えている。


「あの!しばらく私達がその子を見ていますので、向こうを手伝ってきてください」


 東雲が職員に提案するように告げると、かなり迷ったように顔を見合わせていた。東雲と愛香はただの客であり、その客に仕事を任せていいものかと悩んでいるのだろう。実際、他の事態なら絶対にあり得ないことだ。


 しかし、今は明確な非常事態だ。ここで迷っていると、騒ぎに巻き込まれた人に怪我人が出るかもしれない。それも場合によっては死人になるかもしれない。それくらいの騒がしさが西館の中に聞こえてくる。


 もう一度、東雲が強く言おうかと思った瞬間、職員の気持ちも固まったのか、東雲と愛香に向かって頷いてきた。


「すみませんが、お願いします」


 そう言って、職員が迷子センターを飛び出していく。その姿を見送ってから、東雲は申し訳なさそうに愛香に笑いかけた。


「ごめんね、愛香さん。巻き込んじゃったみたいで」

「ううん。私もそっちの方がいいと思う」


 愛香のその一言にホッとしながら、東雲は男の子に目を向ける。未だに俯いた男の子の背中はとても不安そうに丸まっている。


「私達がいるから、大丈夫だからね。お姉ちゃんが来るまで、ここで待っていようね」


 その声を聞いた直後、男の子が顔を上げ、じっと東雲の顔を見てきた。一瞬、その目が人形のように感情のない、深い穴のような目に見えたことで、東雲は顔を強張らせる。

 それも束の間、すぐにさっき見た青い瞳に戻り、ホッとした瞬間、男の子は何も言わずに立ち上がった。


「どうしたの?」


 東雲が驚いた顔で聞く隣を抜けるように、突然男の子が走り出した。その姿を二人揃って目で見送ってから、慌てて東雲と愛香は立ち上がり、急いで男の子を追いかけ始める。


「止まって!?どこ行くの!?」


 東雲が走りながら声をかけるも、男の子は一切止まることなく、必死に職員達が誘導しようとしている人混みの中に突っ込んでいく。それは誘導しようとしている職員ですら巻き込まれそうなうねりだ。男の子が一人で突っ込んで、大丈夫な場所ではない。


「待って!?」


 東雲だけではなく、愛香も同じ言葉を叫んでいたと思う。その声が届く時には、人混みの中に男の子は消えていた。二人も慌てて後を追いかけるように、人混みの中に突っ込む。


 人混みは職員や警察官なのか外部から来たと思われる人間に誘導され、移動している最中のようだが、その中を違った方向に進む男の子の姿を見つけ、東雲はその子を追いかけようとした。


 しかし、小さな男の子なら縫っていける場所も、高校生の東雲や愛香にはきつく、途中でその姿を見失ってしまう。


 やがて、唐突に人混みから弾き飛ばされるように抜け出し、二人はショッピングモールの中に安全に誘導していた職員達の指示から外れた、完全なショッピングモールの外に出てしまう。


「あれ?さっきの子は?」


 東雲が呟きながら、愛香と一緒に周囲に目を向けるが、あの特徴的な姿をした男の子は周囲に見当たらない。


 まだショッピングモールの中なのかもしれない。そう思い、東雲と愛香はもう一度、戻ろうとしたが、ショッピングモールは入ることも出ることもできない状態に変わっていて、男の子を再び探すことはできなかった。

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