三日月は鎌に似ている(10)
「取り敢えず、連絡したから、向こうは大丈夫だと思うよ~」
秋奈の間の抜けた報告が聞こえてくる中、葉様はカマキリの攻撃を捌くのに必死だった。最初はカマキリの攻撃の隙間に、カマキリを斬りつけようとも思っていたのだが、その考えもなくなるほどにカマキリの攻撃は苛烈だった。
それは最初の一撃を受け止めた時に感じた重さも要因にあるが、それ以上に手数の違いが大きかった。刀を一本持っているだけの葉様と違い、カマキリは両腕が鎌になっている。その差が少しずつだが、明確な差を生み出し、葉様を困窮させている。
秋奈の報告する声も聞こえてはいたが、この時の葉様にその内容を理解できるだけの余裕はなく、正直何を言っているかは分からなかった。自分に話しかけているのか、それ以外の人間に避難を促しているのかも分からない。
カマキリの攻撃。そこに意識を集中させると、それ以外の音は曖昧なものでしかなかった。
だから、他人事のように呟いた秋奈の言葉に葉様は反応しなかった。
「何か、大変そうだね」
客の騒がしい声や刀とカマキリの鎌がぶつかる音がする中で、その声が寂しげに宙に消えていく。口に出した秋奈は笑顔を作ったまま、葉様からの反応を待っていたが、余裕のなさから反応できなかった葉様に、やがて不満そうな顔をする。
「ちょっと!無視しないでよ!」
秋奈の叫び声に驚いたのか、葉様の意識が一瞬、秋奈に向いた直後、カマキリの鎌が葉様を薙ぎ払うように動いた。咄嗟に刀を構えた葉様の身体は吹き飛び、軽く宙を舞ってから、秋奈のすぐ近くに転がるように着地する。
「秋奈莉絵!?お前は何をしているんだ!?」
そこでようやく仁王立ちしている秋奈に気づいた葉様が、驚いた様子でそう叫んだ。その反応に笑みを浮かべながら、秋奈は小首を傾げた。
「見てた」
「手伝え!」
「でも、あれだよ?今日は刀を持ってきてないよ?」
その一言に秋奈が刀を所持していなかったことを思い出し、葉様が苛立った様子で顔を歪めた。火山が噴火するように、身体の底からの怒りを言葉にしかけるが、その間にもカマキリは動き出しており、葉様は湧いてきた言葉の大半を飲み込んで刀を構える。
ただし、何も言わないわけではなかった。
「役立たずが!」
その一言だけを残し、葉様はカマキリに向かっていく。
期待をしたわけではない。秋奈の実力に凭れかかろうと思ったわけではない。葉様は自分一人で戦えると初めから思っている。
そのつもりだったが、秋奈が戦えないような発言をした時、心のどこかで怯えた自分がいたことに、葉様は苛立っていた。
カマキリの攻撃を捌きながら、その身体に刀が届かないもどかしさと一緒に、だんだんと葉様は冷静さを失っていく。
それが刀の振り方に直結してしまったようだった。いつのまにか、大振りになっていた葉様の刀は、その動きを狙っていたように動かされたカマキリの鎌によって、簡単に弾かれていた。
大きく宙に浮かぶ刀を何とか握りながら、無防備になった自分の懐に気づき、葉様が自らのミスにようやく気づく。
その時には目の前で鎌を構えるカマキリの姿が見え、葉様は致命傷を覚悟した。
その瞬間だった。カマキリの半身が爆発し、カマキリが横によろめいた。身体を吹き飛ばすほどではなかったが、カマキリの攻撃は止まり、葉様は命拾いをする。
「はい。危なかった」
さっきまでと違い、揶揄った様子よりも心配した様子の強い秋奈の声が聞こえてきた。目を向けると、秋奈は片手をカマキリに向けているところだ。
よろめいたカマキリは体勢を整え、秋奈に目を向けようとするが、それを阻止するように秋奈の手から仙気が飛ばされる。小さいながらも、的確な仙気の弾は着実に足下で爆発し、カマキリの体勢は簡単に崩れていた。
「刀を持ってないから、何もできないとは言ってないよ。まあ、これくらいのことは簡単にできるよ」
唐突な秋奈の加勢に驚く葉様を置いて、秋奈は体勢を崩したカマキリに更に仙気を飛ばしていた。本来は爆発する仙気が爆発することなく、カマキリの身体を下から突き上げるように飛んでいく。突き上げられたカマキリは空中に浮かび、咄嗟に体勢を整えることすら封じられる。
「涼介君」
秋奈の小さな呟きに気づき、葉様は刀を握った。宙に浮かんだカマキリに近づき、胴体に向かって刀を一気に振るう。
振られた刀は正確にカマキリの胴体を捕らえ、その身体を両断することに成功する。その様子に秋奈が笑顔で手を叩き、その姿を見た葉様が転がっていた鞘に手を伸ばした。
(最初からそうしろよ)
その言葉は一度飲み込み、葉様は周囲に目を向けていた。葉様と秋奈以外に周りには誰もいないが、出入り口からは未だに騒がしい声が聞こえてくる。
(面倒なことになった…)
そう思いつつ、刀を鞘に納める葉様の隣で、秋奈は迷子センターを覗いていた。
(さっきの子、大丈夫だったかな?)
既にそこにはいない男の子のことを思い出し、秋奈はそう思った。
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