三日月は鎌に似ている(8)

 ただの反射だった。振り下ろされた鎌を攻撃と判断するよりも前に、葉様は背負っていたバット袋を持ち上げていた。カマキリの鎌はバット袋にぶつかり、バット袋に穴を開ける。

 ただし、その内側に納まっていた刀の鞘までは切り裂くことができなかったようで、鎌はそこで止まった。


 ようやく、葉様がカマキリからの攻撃を認識したのは、その時だった。バット袋から刀の柄を取り出し、鞘で鎌を押し上げながら、刀を引き抜く。


 その勢いのまま、カマキリの胴体を切断しようとした葉様の刀に合わせ、カマキリの鎌が再び振り下ろされた。その一撃の重さに葉様は受け止め切ることができず、肩に切り傷を作ってしまう。咄嗟に葉様は鞘を捨て、もう片方の手で刀身を受け止めるが、受け止めることが精一杯で鎌を押し返すことができない。


「うわぁあああああ」


 不意に背後から声が聞こえてきた。鎌を少しずつ押し返しながら、葉様が背後に目を向けると、一人の男が巨大なカマキリに腰を抜かしている。


「逃げろ!」


 葉様の口を衝いて言葉が飛び出た。その声を聞いたのかどうか、腰を抜かしていた男が転がりながら逃げていく。

 それを引き金にトイレの外で混乱が広がっていくのが分かった。


 そのことに葉様の意識が向いている間に、カマキリが鎌を動かした。振り下ろされた鎌をそのままに、もう片方の鎌で薙ぎ払うように葉様を斬りつけてくる。


 その瞬間、半分に分かれたカプセル剤が薬をばら撒くように、胴体を切断された自分が中身をばら撒くイメージが葉様の頭に浮かんできた。


 鎌の軌道から逃れるために、葉様は持ち上げていた鎌を前方に落とすように逸らし、背後に跳躍した。カマキリの鎌を振る速度は速く、その動きから完全に逃れることはできなかったが、胴体を切断されることは避けられた。

 腹部を掠った鎌が葉様の腹に傷を作る。肩の傷と共に痛みはあるが、致命傷ではない上に動けないほどの痛みもない。


 この程度なら問題ない。葉様が確認しながら、周囲に目を向ける。


 そこには立ち止まっている人や混乱して逃げたさっきの男の影響で、怯えている人達が集まっていた。その姿に危機感を覚えた直後、トイレからカマキリが顔を出す。


 その姿に人々の目は集まり、口をぽかんと開けたまま、多くの人が固まった。


 四本の足を器用に動かしながら、トイレから出てくるカマキリ。銃刀法違反の葉様。その葉様の肩や腹部から流れる血液。それらを見て、固まっていた人々の間をだんだんと恐怖が広がっていく様が見て取れた。


「キャァアアアアアア」


 誰の声か分からない。誰かのその叫び声をきっかけに、ショッピングモールの客達の間を恐怖や混乱が伝わっていった。

 こういう事態の場合、何かのショーや何かの撮影と思う人もいるのだが、そういう勘違いを凌駕する勢いで、目の前の巨大なカマキリは気味が悪かったようだ。


 その叫び声を聞いたらしく、秋奈が迷子センターから姿を見せた。傷つきながら、刀を手に持つ葉様と、その正面に立ち塞がる巨大なカマキリを見て、驚いた顔をしている。


「え?何、この状況?」


 秋奈が冷静に呟いている間も、ショッピングモール全体に混乱は広がっていた。カマキリの気味悪さから生まれ出た恐怖心が、人々の足を出口に向かわせ、出口で暴動に近い騒ぎを起こしている。


「秋奈莉絵!非常事態だ!奇隠に要請を!」

「う、うん。分かったー」


 秋奈が緩い返事をしながら、スマートフォンを取り出す。葉様はカマキリに意識を集中させながらも、横目で出入り口を見やり、その騒がしさに舌打ちをする。


 人目につくこと。現れたカマキリが強かったこと。落ちつこうと思い、トイレに向かったはずが、葉様はさっき以上に苛立っていた。

 自然と刀を握る力が強くなり、葉様はカマキリを睨みつける。


 妖怪は全て殺す。葉様の信条に変化はない。相手が誰であれ、場所がどこであれ、やることは変わらない。


 止まっていたカマキリが背中を押されたように、葉様に近づいてきた。葉様は握っていた刀を振るい、カマキリの胴体をお返しとばかりに斬りつけようとする。その刀を鎌で受け止められ、葉様の苛立ちは募っていく。この時の葉様は明らかに冷静さを失い、視野が狭くなっていた。


 だからだろう。葉様は気づくことがなかった。

 カマキリの後ろで、トイレから誰かが出てきたことに。

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