三日月は鎌に似ている(5)

 そもそも、秋奈は一体何を買うつもりなのか。Q支部を出てから、ようやく葉様は疑問を懐いたが、その時点で遅かった。電車に揺られて辿りついたショッピングモールで、秋奈は大量の衣服を買い始めた。


 そして、葉様はその荷物持ちだった。紙袋を手渡されながら、葉様は何度もまだ買うのか確認したが、秋奈は生返事を返すばかりで、物を買う手を止めてくれない。


 使うもの以外は不必要理論を唱え、服は制服や学校指定のジャージがあれば他にはいらないはずだ、とさえ考えている葉様からすると、その量は馬鹿になっているとしか思えない量だった。

 何分金は持っているはずなので、どれだけ買っても金銭面は問題ないのだろうが、明らかに着ないと思われる服を購入する姿に、無駄と思わずにいられない。


 更にその中に猫用と思われる服まで交じっていると、葉様の機嫌が悪くなる速度も自然と速くなった。

 グラミーをQ支部の中で飼っているだけでも気に食わないのに、そのグラミーになかなかの値段の服を着せようとしているなど、葉様からすると意味が分からない。飼っていることは一億歩くらい譲って黙ったとしても、猫の姿なら毛皮を着ているのだから、服を着せる必要性はないはずだ。


 ただ葉様がそのことを熱弁しても、秋奈が聞いてくれるわけがないことは分かっているので、静かに苛立つだけで、葉様は何も言えなかった。


 そうこうしていると、流石に葉様のキャパシティー的にも限界が近づいてきていた。買い物に夢中だった秋奈も、流石に気づいたようで、両手を紙袋で一杯にした葉様をまじまじと見てくる。


「あれ?もう持てない?」

「当たり前だ。買い過ぎだ」

「そうかな?もう少し見ていきたかったんだけど…」

「お前はどこかに籠る気なのか?」

「ほら、Q支部のみんなにも似合う服とかプレゼントしたいし」

「サンタクロースに転身か?」


 秋奈の道楽に呆れていると、葉様が紙袋以外にも持っていることに、秋奈は気づいたようだった。それらの物を見て、不思議そうな顔をしている。


「そういえば、自分の荷物を置いてこなかったの?」

「当たり前だ」

「あ、荷物を持ってもらうつもりだって分からなかった?」

「いや、そういうことじゃなく…仙人としていかなる時も対応できるようにするべきだ」

「おおっ!志高いね!私は普通に刀を置いてきちゃったよ」

「そもそも、刀を持っているところなど見たことがないな」


 秋奈は立場上、基本的に戦うことがない。刀を持って戦うとなると、それは人型が絡むような非常事態くらいだ。その状況に立ち会ったことがない葉様が刀を持って戦う秋奈を見る機会はない。


 だとしても、普段に持ち歩いている姿くらいは見られそうなものだが、秋奈が刀を持ち歩いているところは見たことがなかった。直近で秋奈が刀を振るったという人型との接触の際も、秋奈は刀を部屋に置いていたと聞いた。


 この人は本当に序列持ちナンバーズなのか、と葉様はたまに不安になる。

 鬼山が騙されている可能性の方が高いのではないか、とQ支部のことが心配になる。


「でも、デート中くらいは仙人のことを忘れて欲しかったな」

「これをデートと呼ぶなら、デートは拷問だな」

「照れ隠し?」

「そんなことだから恋び…」


 と、そこまで言いかけて、葉様は口を噤んだ。世の中には触れてはいけないことがある。踏んで爆発する地雷くらいならいいが、これはもっと強力な爆弾だ。触れた瞬間に葉様の姿は細胞レベルで分解される。

 流石の葉様も自分の命は惜しかった。


「何か言いかけてなかった?」

「いや、何でもない」

「そう?」


 笑顔で小首を傾げる秋奈の後ろに、葉様はドロドロとした闇を見ていた。その闇に飲み込まれたら、葉様の姿は跡形もなく消えることだろう。

 下手に触れるべきではない。改めて、そう自分に言い聞かせる。


「けど、その状態だと仕方ないね。一度帰る?」

「一度って何だ?もう一度、来るつもりみたいな発言はやめろ」

「え?来ないの?」

「そんな時間はない」


 それは葉様の用事がどうこうという話ではなく、ショッピングモールの閉店時間の問題だった。秋奈もそのことに気づいたのか、小さな声で残念と呟いている。


「また別日だね」

「その時は他の奴を連れてこい。俺はもう二度と付き合わない」


 そう断言した葉様の一言を秋奈は完全に聞いていなかった。どこかをじっと見ていて、その姿に葉様の苛立ちが更に募る。


「おい!無視するな!」


 葉様が荒々しく声をかけたことで、秋奈はようやく葉様に話しかけられていることに気づいたようだ。少し驚いた顔で振り返り、申し訳なさそうに笑っている。


「ああ、ごめんね。ちょっとあの子が気になって」

「あの子?」


 秋奈が近くにあったベンチを指差した。そこには小さな男の子が一人座っている。正確な年齢は分からないが、小学生か幼稚園児かというくらいの見た目だ。外国人なのか、色素の薄い肌に、空のように青い髪の毛が乗っかり、そのコントラストが非常に目を引く。


「あの子供がどうした?」

「いや、一人みたいなんだよね?迷子かな?」

「声をかけてみるか?」

「おっ?意外とそういうこと言うんだ?」

「意外って何だ?迷子だったら迷子センターに連れていくのは当たり前のことだ」

「おお!そういうところ評価が上がるよ」

「意味が分からない」


 葉様と秋奈が男の子に近づくと、男の子は二人をじっと見てきた。そこで瞳も髪と同じくらいに青いことに気づく。


「ここでどうしたの?迷子?」

「ねえねがいなくなった…」

「ねえね?お姉ちゃんと逸れちゃったの?」

「やはり、迷子か」

「君、お名前は?」


 秋奈の問いかけに男の子は俯いている。その縮こまった姿に葉様は嫌な記憶を思い出していた。


「秋奈莉絵。迷子なら迷子センターに連れていくぞ。その見た目なら、特徴ですぐに分かるだろう」


 そう言いながら、葉様は近くにあったショッピングモールのミニマップに近づく。


「東館は一階か」


 葉様が迷子センターの場所を確認している間に、秋奈は男の子と会話を続けている。


「場所は確認できたぞ」

「じゃあ、行こうか。大丈夫?行ける?」


 秋奈の問いに男の子は小さく頷く。その姿に葉様は再び嫌な記憶を思い出し、忘れるために目を背けていた。

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