三日月は鎌に似ている(4)

 幸善が人型の一体を倒した。その情報はQ支部だけに留まらず、奇隠に所属する全ての仙人に伝わった。

 それによって相亀あいがめ弦次げんじは焦り始めたのだが、それは相亀に限った話ではなかった。もう一人、奇隠のQ支部には焦り始めた人がいて、その人物は相亀と同じように演習場を借り、こっそりと自主練を始めようとしていた。


 それが葉様はざま涼介りょうすけだ。いつものように刀の入ったバット袋を背負い、演習場までの廊下を歩く。その表情には出ていないが、内心は幸善に対する苛立ちが募っていた。


 妖怪の言葉が理解できる。妖怪と共存できる。ふざけたことを言う幸善に負けていると思ってしまうことが苛立たしい。

 まだ演習場に辿りついていないのに、今にも刀を取り出しそうな力で、葉様はバット袋の持ち手を握る。


 その途中のことだった。葉様の前方から同じように廊下を歩いてくる人物を見つけてしまった。その姿を発見した瞬間、葉様は隠れようと考えるが、周囲には隠れられる場所がない。


「あれ?」


 そうこうしている間に、その相手に見つかり、葉様は苛立ちも消え、面倒そうに眉を顰めていた。


「涼介君!どうしたの?」


 子供にそうするように優しい口調で声をかけてくる。それは葉様が苦手としている人物。


 秋奈だった。


「何でもない」


 幸善の成果に焦り、今から訓練しようとしていると言い出せば、馬鹿にされることは目に見えている。ぶっきらぼうに答えると、秋奈は急にニヤニヤと笑い始めた。


「なら、ちょうど良かったよ。涼介君で決まり!」

「はあ?」


 急に意味の分からない発言をされ、葉様は眉を顰めながら、睨みつけるように秋奈を見ていた。普通ならたじろぐその視線にも、秋奈は一切気にせずに、自分勝手に話を進めていく。


「じゃあ、行くから。ついてきてね」

「いや、待て。何を言ってるんだ?」

「買い物行くから付き合ってって言ってるんだけど?」


 不思議そうに小首を傾げる秋奈に、葉様は絶句した。確かに何でもないとは言ったが、用がないとは言っていない。葉様の用件を確認することもなく、そう勝手にこれからの予定を決めるかと葉様は思ったが、秋奈はそういう人だと思い出す。

 葉様は秋奈のこういうところが苦手だった。今更気づいても、巻き込まれた後にはなかなか抜け出せない。


「何故、俺だ?他にも候補はいるだろう?」

「ああ、うん。最初は瑠唯るいちゃんを誘おうとしたんだけどね。ただ瑠唯ちゃんは彼氏と予定があるって…」


 ニコニコと話していた秋奈の声色が少しずつ下がり始め、言葉の最後を言い終わる前に壁を殴りつけていた。笑顔は崩れていないが、背中に鬼が見える気迫に、葉様は再び絶句する。


 その姿はあまりに不憫だった。断りたくて仕方がない葉様でも迷い始めるくらいに不憫だ。


 葉様からすると、秋奈は元々から苦手な性格で、そもそも話しづらかった上に、最近はグラミーという猫の妖怪まで飼い始めた。そのこともあり、秋奈と話すどころか、接触すらしたくなかったのだが、その感情も今の秋奈の不憫さの前では掻き消されていた。


 ここで葉様が断ったら、一生この表情から変わらないロボットになるのではないかと葉様は思い始める。


 流石に断るのは可哀相か、と葉様が思った直後、秋奈が気づいた。


「あれ…?もしかして…涼介君も断る感じ…?」


 笑みを浮かべたままの秋奈の目からハイライトが失われていく。

 その姿に断れる人間がいたら、葉様は見てみたかった。


「いや、付き合おう…」

「ありがとう!」


 途端に満面の笑顔に変わる秋奈に、葉様は三度絶句する。


 もしかしたら、全てが秋奈の策略だったのではないかと思ったが、それも時すでに遅し。葉様は秋奈に付き合って、買い物に行くことに決まってしまっていた。


「その前に秋奈莉絵。どこに行くんだ?」

「そんな他人行儀に呼ばなくてもいいよ。特別に莉絵ちゃんって呼んでもいいよ」

「どこに行くんだ?」

「あれ?無視?」

「どこに行くんだ?」

「涼介君がいつも来る扉から出て、電車に乗った一駅先にあるショッピングモールだよ」

「そんなに遠くに行くのか…」


 今日はもう演習場に行くことが無理だな、と名残惜しそうに思い、葉様は一度バット袋を掴んだ。

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