三日月は鎌に似ている(3)
昼休みのことだった。
元々、冲方や
何だろうと幸善は思ったが、その時は深く聞かなかった。Q支部に向かえば分かることだ。わざわざ聞くことでもない。
そう思っていたのだが、いざ放課後にQ支部を訪れてみると、そこで待っていた冲方は緊張した顔をしていた。そこでようやく幸善は只事ではないことに気づいた。
「どうしたんですか?」
驚きを声音に出しながら、幸善が冲方に聞くと、冲方は幸善を案内すると言って、Q支部の中を歩き始めた。どこに向かうのかと聞いてみるが、しばらく冲方は口を開かない。
「本当に何があったんですか?」
「……ちょっと問題になりそうなんだ…」
「問題?」
その言葉の意味もそうだが、なりそうという表現も幸善は気になった。その曖昧さが冲方の緊張感と合わさり、嫌な印象だけを与えてくる。
「どこに向かってるんですか?」
もう一度、幸善は聞いてみると、今度は冲方の表情が明確に強張ったことが分かった。
「頼堂君。これから、ある人に逢ってもらうんだけどね」
「ある人?」
「そう。これから連れていく会議室で待っているから、その人と話をしてもらうんだけど、その時の発言には気をつけてね」
「え?偉い人ってことですか?」
そう言ってから、幸善は
「偉い…という表現は少し違ってるね。もちろん、立場のある人だけど、問題は君の発言次第では問題にされる点だから」
「問題にされる?」
「奇隠Q支部を日本政府が把握していることは知ってるよね?」
「ああ、何か奇隠と国に繋がりがあるのは聞いた気がします」
「これから逢う人は一応、奇隠の仙人なんだけど、立場的には政府の人間として仙人や妖怪と関わっている人なんだ。政府に所属する仙人とも言える人だね」
「そんな人がいるんですか?」
「どこの国にも一人はいるんだけど、その人が君を呼び出したんだよ」
「え?俺を?」
幸善は自分の顔を指差しながら、何故と理由を聞くが、冲方はかぶりを振るばかりだった。その間に冲方の案内で会議室の前に幸善は到着してしまう。
「とにかく、下手な発言をしたら問題にされる可能性が高いから。発言には気をつけてね」
「問題って…そうなったら、どうなるんですか?」
「内容に依るけど、最悪の場合は奇隠を辞めることになるかもしれない」
「え?そんなに?」
驚きをすぐに消化できなかった幸善を気にすることなく、冲方が扉をノックし、幸善は中に放り込まれてしまう。
そこでは一人の男が椅子に座って待っていた。鬼山と同世代くらいだろうか。生真面目が服を着て歩いているのかと思うほどに、その見た目からは生真面目さが滲み出している。
「頼堂幸善か?」
そう呟かれた声は想像以上に低く、少し威圧的だった。そのことに警戒心を懐きながら、幸善がうなずくと、その男は自分の前の椅子を手で示してくる。
「話を始めようか」
早速、そのように言われるが、そもそも幸善は相手の男の名前も知らない。そのことに不安さが隠し切れないでいると、その様子に気づいたのか、怪訝げに眉を顰めていた。
「ここに来るまでに説明は?」
「いえ、ほとんど」
「そうか…」
男は少し面倒そうに小さな溜め息を吐いてから、軽い自己紹介を始めた。
男の名前は
「それで今回呼び出した用件だが…どうやら、何者かに情報が流出しているようだな?」
用件を話し始めた御柱の言葉に、幸善は最初何を言っているのか分からなかった。
が、すぐに幸善は思い出し、頷いていた。誰かは分からないが、幸善のことを調べている人がいる。その人は現在、幸善の学校まで突き止めたことが分かっており、その人物に関する報告は鬼山にもしていた。
「奇隠の情報は何があっても外部に漏らしてはいけない。もしも漏らしてしまうと、それは重大な混乱を巻き起こす」
「でも、まだ妖怪のこととかが知られていると分かったわけでは…」
「妖怪の情報が最終的に漏れなくても、仙人の情報が漏れ、何者かが主体となった組織が存在していると分かっただけで、それは一般人にとって重大な危機感を懐かせる。仙人がたとえ人々の味方でも、未知なるものを受け入れる人はそう簡単にはいない。その混乱は政府にも波及し、場合によっては世界的な問題になりかねない。そうならないように奇隠は人々の記憶から妖怪や仙人に関する記憶を消してきた」
御柱の目は非常に冷たく幸善を見ていた。それは幸善が何も言えなくなるくらいだ。
「鬼山がどう思っているのか分からないが、政府にも波及しそうな問題を見過ごすことは私にはできない。だから、私は君に対する厳格な処分を求めている」
「処分…?」
「本来は君に辞めてもらいたかったのだが、どういうわけか君は記憶が消せないらしいからな。今回は君の無期限謹慎で手を打った」
「無期限謹慎って…いつまで何ですか?」
「決まっていない。だが、謹慎が解けないわけではない。君次第では君の復帰も検討する」
「俺次第?」
「君を探している人物を見つけ出し、その人物を奇隠に連れてくること。それが可能なら、君の仙人としての活動を認めよう」
御柱の上から投げつけてくるような言葉に幸善は気圧されながらも、その内容に疑問を持っていた。
「あのそういうのは支部長が決めるものでは?」
「鬼山か。確かに本来はそうだ。というよりも、奇隠では君の問題は問題として取り扱われていない。過去にも似たケースはあったからな。ただ、今回は私が重大な問題として取り上げた」
「何故ですか?」
「君が人型に狙われているからだよ。君は人型との接触可能性が高い。その場面の汲み取り方次第では奇隠が犯罪組織として世間で認知され、その組織を国は黙認していたと言われかねない」
「俺は誰も殺しません」
「君は友人や家族が殺されそうになっても、同じ台詞を吐けるのか?」
御柱の一言に幸善は言葉を失った。その言葉に自信を持って返せるほど、幸善は覚悟があるわけではなかった。
「分かったら、大人しく帰れ」
最後にその一言を残し、御柱は会議室を出ていった。
クビにはできなかったと言っていたが、これは実質的なクビだ。そう思いながら、幸善はあの日、蜘蛛の妖怪の前から逃げ出した男のことを思い出していた。
あの人を見つけられたら、幸善は問題なく、仙人としての活動ができるのか。
それからしばらく、幸善は会議室で一人、時間が経つのも忘れて、考え込んでいた。
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