三日月は鎌に似ている(2)

 飲み物を買いに行く。重戸は姿を消す前にそう言った。浦見はそのことを思い出しながら、近くのコンビニを探し始めたのだが、そもそも、この近くにはコンビニがほとんどなかった。


 いや、そんなことがあるのかと思い、浦見はスマートフォンを取り出してみるが、やはり、この近くにはコンビニが少ない。代わりに個人商店がいくつかあって、それが今も機能しているらしい。恐らく、店主と思われる人物の苗字+商店の名前。その名前からは何が売っているのか分からない。


 疑似コンビニ的な店なのだろうか。浦見は妄想しながら、取り敢えず、片っ端からそれらの商店を回ってみることに決めた。そのどこかで重戸が買い物中かもしれない。


 さっきまで情報をくれた女性の妙な不気味さに怯えていた浦見も、この時には恐怖よりもコンビニが近くにない珍しさと、重戸がどこにいるのかという問題の方で頭が一杯になっていた。


 個人商店の多くは既に年金で生活をしていそうな年寄りが店番をしていた。恐らく、店主だろう。一番若い人でも、還暦を迎えているかどうかくらいの見た目だったので、商店の高齢化は順調に進んでしまっているようだ。その店主の姿にラインナップの方も、少し心配になったが、そちらは意外とコンビニに近しかった。違いはコンビニで良く売っている自社製品がないことくらいだ。飲み物も大手メーカーの飲料が種類も豊富で揃えられている。


 これなら、個人商店のどこかで重戸が買い物をしているかもしれない。浦見はそう思ったが、数店回ってみても、重戸の姿は見当たらなかった。

 試しにスマートフォンを見てみる。さっきまでいた場所に自分がいなければ連絡が入るはずだが、重戸からの連絡はない。


 もしかしたら、これを使って連絡したら、重戸を探す必要はないだろうと思う人もいるかもしれないが、残念なことに浦見から重戸には連絡ができない仕様になっている。


 言い換えると、ブロックされている。これは浦見が最近気づいたことであり、本人に直接確認したところ、間違いないと言われてしまった。

 重戸曰く、「仕事以外で先輩と話したくないんで」ということらしい。


 そのことに再びの悲しさを覚えながら、浦見は最後の個人商店を出た。一応は自販機という可能性もあるが、先にコンビニの可能性を潰しておこうと思い、浦見は最も近いコンビニを検索する。


 少し離れたところにはコンビニがあり、一番近いコンビニは『ラバーズマート』と言うらしい。聞いたことのない名前に、この辺りにはこういう店しかないのかと浦見は思う。


 もしかしたら、この周辺を調べてみる方が面白いことが分かるのではないかと思うが、今はそれどころではない。もっと重要な秘密に浦見は近づいている――気がする。


 取り敢えず、このコンビニに向かってみるか。そう思い、浦見は最も近い『ラバーズマート』に行ってみることにした。

 道中、どのような店なのだろうかと想像してみるが、想像以上に想像がつかない。早々に想像することを諦めて、浦見は他に重戸がいそうな候補を考えおくことにした。


 そうして、特に他の候補も思いつかず、辿りついたラバーズマートはほとんど『ファミリーマート』だった。名前とファミチキが売っていないくらいの違いしか見当たらない。林檎みたいに髪の真っ赤な店員が外から見え、非常に入りづらい店だ。


 ただ店内に入る必要はなかった。辿りついたラバーズマートの入口前に重戸は立っていたからだ。そこで浦見の知らない男性と何かを話しているように見える。とてつもなく目つきの悪い男で、多分視線だけで二、三人は殺していると浦見は予想した。


 その二人の姿に浦見は新たなスクープの到来かと思い、咄嗟に身を隠していた。こそこそと二人の雰囲気を見てみるが、親密さも険悪さも感じられない不思議な雰囲気で、浦見は相手の男を知らないが、仕事上の関係のようにも見える。


(どういう相手だ…?)


 少しくらい話を聞けないだろうかと思い、浦見がこっそりと近づこうとした瞬間、二人の会話が終わったようだった。最後に挨拶のような雰囲気で軽く話してから、男がその場を立ち去っていく。


 その直後、重戸が振り返り、そこに立っている浦見を見てきた。少し離れた距離に声をかけるでもないなと思い、浦見は誤魔化すように軽く手を上げる。


「やあ」


 と口にするような雰囲気の行動に、重戸は呆れた目を向けてきた。その視線の鋭さに浦見は作り笑いを浮かべながら、重戸に近づいていく。


「探したよ。ここにいたんだね」

「コンビニがなかなか見つからなかったんですよ」

「さっきの人は?」

「ああ…ちょっと聞き込みを。写真の人を目撃してないかと思って」

「何か分かった?」

「残念ながら」


 かぶりを振る重戸に、浦見は思い出したようにさっきの女性から聞いた話をしようとする。その始まりの顔を見た重戸が小さな溜め息をついた。


「どうしたの?」

「いえ、何でも」


 浦見は重戸の呆れの表情に、自然と首を傾げていた。

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