三日月は鎌に似ている(1)

 年配の女性だった。見せられた写真にしかめっ面をしたが、それも隣に立っている人物を見るまでだった。すぐに写真に目を戻し、そこに写った顔をじっと見てから、小さくかぶりを振った。その姿に残念そうな顔をしてしまうが、すぐに礼を言って、その女性と別れる。


 これで十人目。聞き込みを始めてから、既に十人の人に訊ねたが、誰も写真の人物を知らない様子だった。


「この辺りの人じゃないんじゃないですか?」


 あまりに進捗のない聞き込みに、ついに我慢ができなくなったのか、重戸えと茉莉まりがそう言ってきた。その指摘に浦見うらみ十鶴とつるは返す言葉が見つからずにいた。


 写真に写っているのは浦見と同年代くらいの女性だ。三つ編みに眼鏡が印象的な大人しそうな女性なのだが、その名前は分からない。この写真は浦見が盗撮した物であり、その女性の素性は全く分からないのだが、だからこそ、浦見は突き止めようとしていた。

 その女性を目撃した神社の近くで聞き込めば、その近くに女性が住んでいたら見つかるだろうと浦見は考えていた。


 だが、その予想は軽く裏切られ、一向に女性の素性について分かることがなかった。


「場所を変えましょうよ」


 重戸の提案は真っ当なものだったが、問題は変える先が思いつかないことだった。女性の名前が分からなければ、どこに住んでいるのかも分かっていない。ここで聞き込みを続け、見つかっていない時点で八方塞がりに近い。


 重戸がいたら、女性のことを聞いても怪しまれない。その浦見の考えは間違っていなかったが、そこからの見積もりが甘かった。そのことに気づいたところで、考えの一つも思いつかない時点で、どちらにしても結果は変わらないのだろうが、そのことに気づく浦見でもない。


 明らかに考えが膠着していると、それだけの様子の浦見を見たら、重戸も気づいたのだろう。時間を確認したのか、スマートフォンを取り出し、画面を見てから辺りを見回し始めた。


「どうしたの?」

「いえ、もう結構な時間歩いているので、少し喉が渇いたなと思いまして」

「ああ、確かにそうだね。忘れてた」

「すぐそこにコンビニとかあるかな?ちょっと探して、飲み物買ってきますね」

「ああ、うん。ごめん。ありがとう」


 重戸が小走りでその場から離れていく。その姿を見送りながら、もう一度、浦見は手に持った写真を見ていた。プリントアウトした写真は鮮明に女性の姿を捉えている。これなら見つかると思ったのだが、甘い考えだったか。そう思いながら、重戸を巻き込んだことを少しだけ申し訳なく思い始めていた。

 これだけ進捗がないのなら、先に自分一人で探した方が良かった。そう思っても、既に巻き込んでいる時点で遅い。


 一度、写真をポケットに仕舞おうとした。その時だった。


 浦見の気づかない間に、浦見のすぐ後ろに人が立っていた。そのことに浦見が気づくよりも先に、浦見が仕舞いかけていた写真を覗き込み、小さな声で呟く。


有間ありまさん…?」


 その声に驚き、写真をポケットに突っ込みながら、浦見は反射的に飛び退いていた。その素早い動作に驚いた顔をしながら、知らない間に立っていた女性が浦見に会釈をしてくる。丸眼鏡をかけたスーツ姿の女性は浦見の知らない人物だ。


「誰…ですか?」

「ごめんなさい。少し写真が見えて、知り合いに似ていたものですから…」

「え!?」


 女性の呟いた言葉に驚きながら、浦見はもう一度、ポケットに突っ込んだ写真を取り出していた。そのまま、女性の目の前に突き出してみる。


「この人を知っているんですか!?」


 その声の大きさに驚いた表情を浮かべながらも、その女性は小さく頷いてくれた。そのことに浦見は全身で喜びを表現するように、ガッツポーズをしていた。

 聞き込みは間違っていなかった。その思いだけで、ここまでの苦労は泡になる。


「すみません!この女性のことを少し聞いてもいいですか!?」


 浦見の問いに女性はまだ驚きの表情を浮かべながら、小さく頷いてくれた。どうやら、写真の女性は仕事場の同僚らしく、女性は知っている限りの情報を教えてくれた。そこには大まかな住所も含まれており、浦見はようやく女性の居場所を突き止めることに成功する。


「ありがとうございます!」


 そう礼を言って、いろいろと教えてくれた女性と別れた直後、そこでようやく浦見は疑問を懐いた。


 さっきまでと違い、今は浦見一人だけだ。重戸がいる状況ならまだしも、良く浦見一人しかいない状況で話してくれたな。


 そう思ってから、浦見は気づいた。自分が名前も職業も名乗っていなかったことに。


 急に怖くなって振り返ってみるも、さっきの女性は既にその場からいなくなっており、浦見は逃げるように走り出していた。重戸はどこに行ったのかと必死に探し始めていた。

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