魔術師も電気羊には触れない(11)

 フィリップの攻撃は不意打ちと呼ぶには予想がしやすかった。手を動かす動作が必ず必要なのかは分からないが、今の二度はどちらもその動作を雷の発生前に見せ、その動きを確認した段階で、仙気を鎧のように身にまとい、攻撃に備えることができていた。それによって、フィリップの攻撃を受け止めることができたのだが、その一方でまとったはずの仙気が攻撃を受け止めた直後には消えていることにハートは驚いていた。


 妖怪は年齢が高くなるほどに体内に持っている妖気の量や質が上がり、強くなる傾向がある。個体ごとの差もあるため、年長者ほど強いとも言えないとは思うが、同じ力量なら年長者の方が強いはずだ。人型は最年長のはずの愚者ザ・フールが三百歳ほどなので、その一つ下となると三百歳弱。それくらいだから、この攻撃は受け止められたのかもしれないと思うと、ハートは今逢えて良かったと思っていた。

 もう数十年――いや、十年もあれば、フィリップの雷は容易くハートを貫いていたことだろう。防御用にまとっていた膨大な仙気が一瞬で消し飛んだことがそれを証明している。


 ハートは周囲に目を向けた。困惑したように立ち止まっていた人々は逃げるようにその場を離れている。それらに目撃されたことは問題だが、そのことを気にするよりも、目の前の人型を倒す方が大事だ。目撃者は記憶操作で何とでもなるが、この人型はここで倒さないと奇隠に重大な危機を生み出す。

 逆に言うと、ここでこの人型を倒すことで、人型の戦力を大幅に削れることは明白だった。


「さてと…僕と彼。どっちが化け物かな?」


 ハートはそう言いながら、今までの二度の雷を受け止めた時と同じ量の仙気を身にまとった。一般的な二級仙人が持つ仙気の総量の約二倍の量だ。その仙気で雷を受け止めることを考えながら、ハートの体内では残っている仙気が蠢き、ハートの手足に移動する。


 肉体の保護と強化。その二つを両立させながら、ハートは店の中に戻ったフィリップを見ていた。

 そこではフィリップが両手を構えていた。さっきまでの雷が片手を動かしていたことを考えると、その構えから何が飛び出てくるかは容易に想像がつく。


(これは受け止められないな…)


 フィリップが両手を振るった瞬間、ハートは壁を蹴りながら跳躍していた。足下を想像通りの二本の雷が通過していく。その太さは人一人が通り抜けるのに十分なトンネルを作り出せるほどだ。


 空中に避難していたハートは壁、それから、地面を蹴り、カフェの中に飛び込んだ。二度、壁や地面に触れただけの移動はフィリップの反応を凌駕したようで、雷を打ち出した体勢のまま立つフィリップの懐に潜り込む。そこでハートは片足を軸に回転し、フィリップの側頭部を狙う形で回し蹴りを放った。


 それをフィリップは間一髪のところで回避した。上体を何とか逸らしたという形で、ハートの蹴りは掠ることには掠ったが、明確なダメージを与えることなく、空を切る。


 その直後、フィリップの身体から弾けるように小さな雷が飛び出した。ハートが鎧としてまとっていた仙気を貫かれることはなかったが、その衝撃に身体は吹き飛び、ハートはフィリップとの間に距離を作ってしまう。

 その距離に危険を覚えたハートはフィリップが次の雷を打ち出す前に、距離を詰めようと構えた。


 その瞬間、ハートの側面にフィリップが移動していることに気づいた。今にも振り抜かれようと構えられた腕は光り、小さく電気が迸っている。そのことをハートが認識し、腕を上げた直後、そのフィリップの腕がハートの腕にぶつかった。


 ドン。落雷に似た音が周囲に響き渡り、ハートの身にまとっていた仙気が簡単に消し飛ばされる。ハートの身体は後退し、カフェの壁にぶつかったところで停止した。


(危なかった――流石に腕で受け止めていなかったら、どこか吹き飛んでいたかもね――)


 危機感に笑いながら、ハートはフィリップの動きに目を向けた。ヒリヒリとした感覚は久しぶりのことだった。大概が一瞬で終わる戦いばかりであり、妖怪を相手にすることはハートにとって蚊を叩き潰すのに等しいことになっていた。

 そこにこれだけの相手が舞い込んできたら、ワクワクするのも必然と言えた。


 雷の妖術。命名するなら、そのようなところだろうか。基本的な部分がシンプルなため、汎用性が高く、ハートでも動きの全ては読めないかもしれない。

 今のところ、受け止めた攻撃は三発だが、それだけでハートの持っている仙気の三分の一が吹き飛んだ。それらのことを考えると、時間をかけるべきではない。


(ちょっとワクワクしているのに――)


 そう残念に思いながらも、ハートは片手の様子を探るように、グーパーを繰り返していた。

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