魔術師も電気羊には触れない(10)
男を貫通しながら伸びた雷は、入口のドアを吹き飛ばし、外にまで飛び出していた。その光景に唖然とした様子で立ち止まる通行人が数人。その姿にフィリップは面倒そうに頭を掻いたが、その面倒さもすぐに消えていた。
一人に気づかれた段階で、他の仙人にもフィリップの正体は知られた可能性が高い。これ以上、リック・フィリップとしての行動は無理だ。それに今回の仕事が終われば、この場所にいる理由もなかった。
そのことを考えたら、それらの目撃者の存在はフィリップにはどうでもいいことだった。問題があるとしたら、この事態の対処をさせられる奇隠の方のはずだ。大変そうだと思いながら、フィリップは男の死体を確認しようと、打ち出された雷の先に行こうとした。
カフェの正面にある建物。その壁面が黒く焦げている。その下に転がっているはずの男を確認しようと、フィリップがカフェから外に出た瞬間、その場所で何かが蠢いた。そのことにフィリップの足が止まる。
「いや~、ビックリしたよ。そうか、雷か。それも結構な威力だったね。多分、僕じゃなかったら死んでいたよ」
そう呟きながら、そこに死体として転がっているはずの男が立ち上がった。その身体には一切の傷も、一切の焦げも見当たらない。その様子にフィリップが驚いていると、男は不敵な態度を崩さずにフィリップの顔を見てきた。
「でも、やっぱり、人型だったね。君は何番なのかな?」
「それを聞く意味があるの?」
フィリップが驚きを隠せないまま聞くと、男は不思議そうな顔をしてから、大きな声が笑い始めた。
「必要に決まっているでしょ?何番か分からないと、君を殺した後の管理が大変じゃない」
男の一言がフィリップの癇に障った。フィリップの雷は全ての人型の中でも上位に入る威力を誇っている。その一撃を食らえば、普通の仙人は簡単に消し飛ぶはずだ。
さっきは運が良かったようで、雷の直撃を免れたみたいだが、それだけで大きな顔をされるのは気に食わない。フィリップは感情のまま、男に向かって手を振るっていた。
ただこの時のフィリップは喉に引っ掛かった小骨のように、些細な違和感を抱えていた。その違和感の原因は雷の伸びた先で男が立ち上がったことや、男の服に一切の変化が見られないことだったのだが、そのことに気づかないまま、フィリップは振るった手から雷を飛ばした。
その雷はまっすぐに伸びて男を貫いた。それは確かにそうだった。
だが、男は再び何ともない様子で、その場所に立っていた。怪我どころか、一切の焦げも何もない。雷が直撃したとは思えないほどの綺麗さだ。
「急にビックリするなぁ。何番か教えてくれないの?」
そのあまりにも普通の態度にフィリップは言葉を失いながら、男が埃を払うように服を叩く姿を見ていた。その姿が二度も運で解決できると思えるほどにフィリップは馬鹿ではない。男の大きな態度も、その実力に見合った自信だった。
そのことに気づいた瞬間、フィリップは思わず笑っていた。
「何?どうしたの?」
「いや…少し考えを間違っていたみたいだと思って。仙人に対する価値観を変えないといけないのかもしれない」
フィリップはそう思いながら、ピンク達の姿を思い出していた。あの姿を見ていたために、誤った考えを持ってしまった。そのことを反省しながら、目の前の男にフィリップは軽く会釈をする。
「ちゃんと名乗るよ。君に対しては敬意を払おう。私はNo.1だ」
「No.1…えーと……
そう呟きながら、男は不敵な笑みを浮かべていた。その笑みにフィリップが不思議そうな顔をした瞬間、男が口を開く。
「へぇ~、奇遇だね」
「奇遇?」
「僕と一緒だ」
その言葉の意味を最初は理解できなかったが、すぐにフィリップは気づき、反射的にカフェの中まで下がっていた。フィリップの頭の中では以前、他の人型から聞いた話が再生される。
「
序列持ちのNo.1。姿を見た妖怪は全て殺されたと言われるほどに危険な仙人で、数多くの情報を持っているNo.9でも、その姿までは知らないらしい。
ただし、その名前は有名で、その名前を名乗る人間がいたら逃げるか、先手を取るべきだと妖怪の間で語られていた。フィリップは目の前の男を見ながら、その名前を思い出す。
サイス・ハート。序列持ちのNo.1がこの男かと気づいた瞬間、フィリップの笑みは苦笑いに変わっていた。
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