魔術師も電気羊には触れない(3)

「今日は大仕事だから」


 いつものようにC支部の会議室を訪れたピンク達三人に、フェザーは開口一番そう言ってきた。その一言に誰よりも明るい表情をしたのがフェンスだ。以前から言っていた大きな仕事がついに舞い込んできたと、何があったのか聞く前から意気込んでいる様子だった。


 ただピンクとドッグは冷静だった。フェンスのように大仕事と聞いたら、条件反射的に喜ぶことはせず、聞かなければいけないことを聞かないと二人は何も反応できない。


「お金は出ますか?」

「報奨がないとちょっと…」

「え?断る流れ?」

「あんたら、何というか…頼もしいね」


 フェザーの皮肉に素直に礼を言い、ピンクとドッグはフェザーからの説明を待つ。既にフェンスは引き受けるつもりのようで、二人が断らないかとやきもきしているようだが、そもそも、仕事を断る権利は二人にはないことを三人は忘れていた。


「取り敢えず、目的地に移動するよ。その途中で説明するから。今回は他の仙人も関わっているし、遅れるわけにはいかないのよ」


 他の仙人も関わっている。その一言が大きな仕事であることを実感させ、流石のピンクとドッグも何か凄い仕事なのではないかと思い始めていた。フェンスほどではないにしても、少しずつテンションが上がってくる。


「ついてきて」


 そう言って歩き出したフェザーの後を追い、三人は会議室やC支部を後にした。その間にフェザーは大仕事だという今回の仕事を説明してくれる。


「今回の仕事は要約すると、大規模な妖怪掃討だね」

「おお!結構な大仕事になりそうな響き!」

「戦う感じですか?」

「ああ…まあ、ある意味戦いだね」

「ある意味?」


 この時点でドッグは何となく察し始めていたが、一方でピンクとフェンスは戦いの響きに更にテンションを上げていた。やはり、これは凄い仕事なのでは、と少しずつ妄信し始める。


「場所はちょっと郊外に行くんだけど、そこで大量に妖怪が発見されたんだよ。一定数の塊が数十個。それをいくつかの隊で掃討する感じだね」

「てことは、うちはうちで、その中の一つを相手にする感じですか?」

「そうなるね」

「おお!なら、絶対に活躍できる!」


 フェンスのテンションに引っ張られ、ピンクのテンションも大幅に上昇していく。既に何かを察していたドッグはその二人のテンションの上がり方に、苦笑を浮かべることしかできていない。


「ああ、そうだ。さっき言ってたお望みの報奨もちゃんと出るから」

「まあ、それはそうですよね。そういう仕事のようですから」


 ドッグの冷静な反応にフェザーは流石に気づいているかと思ったのか、少し困ったように笑っていた。今の話で騙されているのは、ピンクとフェンスの二人だけだが、三人の内の二人を騙せた時点で、フェザーの話し方は正解だったと言えるだろう。


 やがて、フェザーの案内で移動した先には、大きな森林があった。郊外とは言っていたが、ここまで郊外なのかというドッグの驚きに対して、ピンクとフェンスはその人の踏み入れてなさそうな雰囲気から、死闘がそこで行われる様子を想像し、テンションを更に上げている。


 二人にどう伝えたらいいのだろうかとドッグが困り始めたところで、フェザーが森の中に入り始めた。その無防備な入り方にピンクとフェンスは驚いているが、ドッグは驚くも何もない。


 もうこの段階になると察するどころか、答えに近しいことまでドッグは分かっていた。多分、戦う相手はそういうことだろうと思いながら、ドッグがフェザーに続いて森の中に入っていく。ピンクとフェンスはしばらく、そのことに驚いていたが、いつまでもそこにいられないと思ったのか、やがて、後についてくるように森の中に入ってきた。


 フェザーは森の奥に突き進み、どんどん鬱蒼とした茂みの中に足を踏み入れていく。その周囲の様子にやはり、そういうことだろうかと思っているドッグの後ろで、ようやくピンクとフェンスも何かおかしいことに気づき始めたようだ。


「本当にこんなところに妖怪がいるんですか?」


 ピンクがそう聞いているが、フェザーは何も答えない。既にヒントは出ているとドッグは思うのだが、ピンクとフェンスは一向に気づいた素振りを見せない。


 やがて、フェザーは一つの茂みの前で立ち止まり、後ろを振り返った。そこまで歩いてきていたドッグが神経を尖らせ、確定した答えに納得したような顔をする。その後ろでまだ気づいていない様子のピンクとフェンスが困惑した顔をしている。


「さて、これから、この妖怪を掃討するから」

「えっと…どこに妖怪が?」


 困惑した顔で聞くフェンスに向かって、フェザーは後ろの茂みを指差す。「それ」と簡単に言ってみせると、ピンクとフェンスがきょとんとした顔で見合っている。


「どれ?」

「いや、だから、それだって。それ全部」

「え?」


 フェンスは気づいていないようだが、流石にピンクは気づいたようで、ドッグが到着と同時にそうしたように意識を集中させ、思いっ切り落胆した表情をした。その表情のまま、フェンスの肩を掴み、ピンクは小声でフェンスに教えている。


「あの茂み、全部妖怪だよ。植物の」

「はあ?」


 そう言われたフェンスが同じことをして、その事実に気づいたようで、呆然とした表情で固まってしまう。


「さあ、この妖怪を全部抜くからね」

「そういうことかよ…」


 ぐったりと項垂れるフェンスを見て、ドッグはかける言葉が見つからなかった。

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