群狼は静かに牙を剥く(8)

 有間にとって予想外の出来事も多かったが、四人揃っての久しぶりの食事自体は概ね楽しいものに終わっていた。美藤達はファミレスを後にし、さっきまでの楽しい雰囲気を余韻に暗くなった道を歩いていく。


「じゃあ、次はどこに行く?」


 美藤が先頭を歩きながら、振り返って三人に聞いてきた。浅河と皐月は考えているようだが、有間は完全に帰るつもりでいたため、その一言に驚いてしまう。


「え?まだどこかに行くの?」

「せっかく、沙雪ちゃんが退院して、遊びに行けるようになったんだから、少しくらいね?」

「けど、遅くなったら、みんなのご両親が心配しちゃうし」

「大丈夫。沙雪ちゃんのところに泊まるって言ってるから」

「私も」

「もー」

「いや、私は聞いてないけど?」

「言ってないもん」


 勝手に話を進める三人に有間は一人、困惑していた。ようやくQ支部内の病室から抜け出し、自分の家で寛げると思っていたのに、三人は完全にやってくる気らしい。嫌というわけではないが、久しぶりに一人の空間も味わいたいと思っていた傍ら、何とも言葉にしづらい感情になってくる。


「そもそも、沙雪ちゃんが刀なんか避けてたら、こんなことになってないんだよ」


 そう言って有間の顔を指差してきた美藤はいかにも怒った口調だったが、その表情は普段の美藤の明るさからは考えられないほどに、不安で今にも壊れそうなもので、その表情を見たら、有間は何も言えなくなった。


「ごめんね…」

「ううん…沙雪ちゃんが悪いわけじゃないもん…謝ることないよ…」

「ありがとう…」


 有間が美藤をそっと抱き締めると、美藤が胸の中で小さく鼻を啜っている。「良かった」と小さく囁くような美藤の声も聞こえてきて、改めて有間は自分が助かったことを嬉しく思った。


「まあ、私は沙雪ちゃんがあの程度で死なないって信じてたけどね。沙雪ちゃんを刀くらいで殺せると思ってないから」

「ミートゥー」


 浅河が美藤の背中を優しく摩り、そう呟いた隣で皐月が片手を上げてみせた。二人なりの優しさの現れに有間は少し困ったように笑ってみせた。


「本当に元気になって良かったよ…沙雪ちゃん…」


 美藤がそう呟きながら、少し涙目になった顔を上げてきた。有間はその頭を優しく撫でながら、何度も「ありがとう」と呟く。


「それで次はどこに行くの?」


 浅河が美藤に聞くと、有間の腕の中で美藤が振り返った。どこかに行くことはやはり決まっているのかと思った有間の腕の中で、美藤が思いついたようにピンと指を立てた。


「カラオケに行こう」

「何で?」

「遠くない?」


 有間の率直な疑問と浅河の怠惰さを受けて、有間の腕の中から抜け出した美藤はかぶりを振っていた。分かっていないと表情だけで語ってくる。


「駅前にあるカラオケに、ここからすぐに行けるルートがあるんだよ」

「そんなのあるの?」

「何と凛子ちゃんに教えてもらいました」

「褒めていいよ」


 浅河が犬を撫でるように皐月の頭を撫で出した。小さく「いい子」と言われており、その撫で方は多少乱雑だが、皐月は満足そうな顔をしている。


「それが何とその道です」


 そう言って、美藤が指差したのは近くの神社に通じる石段だった。ざっと数えただけでも、数十段は軽くある石段で、有間が驚いたように見上げた直後、皐月の頭を撫でていた浅河の撫で方が更に乱雑さを増した。


「ちょっと…頭が…」

「いや、雫にいらない知識をあげたなって思って」

「ここを登っていこう!」

「マジで…?」


 遠足気分の美藤が先頭を切って登り始め、髪を正していた皐月がそれに続いた。有間も夜に二人だけで行かせることはできないと、その後を追いかけようとしたところで、石段の下で一歩も動くことなく止まっている浅河に気づく。


「仁海ちゃん?行かないの?」

「いやぁ…私は先に沙雪ちゃんの家に行こうかな…」

「でも、この辺、人通りも少ないし、危ないと思うよ」


 有間が心配したように言ったタイミングを狙っていたように、遠くの方から犬の遠吠えが聞こえてくる。


「ほら、犬も吠えてるし」

「いや、それは関係なくない?」

「関係なくないよ。一人で歩いていたら、野良犬とか野良変態に襲われるかもしれないからね?」

「野良変態って何?沙雪ちゃん、たまに変なこと言うよね?」


 しばらく悩んでいた浅河だったが、二人がついてきていないことに気づいた美藤が石段の上から呼びかけてくると、ようやく決断したように石段を登り始めた。有間もその後を追いかけるように登り始める。


「そこの神社で待ってるからね」

「早くしてね」

「はいはい。分かったから」


 三人の会話を微笑ましく見上げながら、有間は浅河と一緒に石段を着実に登っていた。だんだんと浅河は疲れている様子だが、仙人として動いていることと比べると、石段くらいは何てことはない。


 最終的に二人は無事に石段を最後まで登り切ることができた。その先にある神社で待っている美藤や皐月と合流しようとする。

 しかし、そこで美藤や皐月の姿が見つからないことに気づいた。浅河が境内を見回しながら、二人の姿を探してみるが、見える範囲にはいないようだ。


「二人は?」

「隠れて沙雪ちゃんを脅かそうとしているのかもね」

「流石に二人には驚かないよ」


 有間がそう言った直後、神社の奥から美藤と皐月が慌てた様子で走ってきた。二人の姿を見つけた浅河が声をかけようとした瞬間、美藤が走りながら叫んでくる。


「仁海ちゃん!?沙雪ちゃん!?上!?」


 その声に反応し、二人が見上げた瞬間だった。


 がこちらに飛んできた。

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