群狼は静かに牙を剥く(9)

 あまりに唐突な襲来に有間も浅河も反応できなかった。飛行物体の正体を確かめる前に、その姿が目前に迫り、二人にぶつかると思った直前、美藤の放った仙気がぶつかり、小さな爆発が起きた。その爆風に押しやられたように、飛んできた何かが神社の上空に移動していく。


 そこでその広い空間に、何かがいくつも飛んでいることに有間と浅河は気づいた。その何かが何であるのか確かめるため、目を凝らそうとした時、美藤と皐月が逃げるように二人のところにやってくる。


「あれは何?」


 浅河が聞くと、美藤は掴みかかるように両手を広げ、浅河を脅かすように怖い顔を向けた。


「オオカミ」

「はあ?何言ってるの?」


 浅河は呆れた顔で美藤を見ていた。オオカミと言っているが、常識的に考えてオオカミが飛ぶはずがない。翼が生え、上空を飛んでいるシルエットから察するに、あれは何かの鳥のはずだ。


 そう思ったところで、あまりに羽音が聞こえないことに気づいた。鳥がそこを飛んでいるなら、羽ばたく度に羽音が聞こえてきているはずだが、それが一切聞こえない。そのことに有間と浅河が疑問を懐いた直後、飛んでいる何かの一体が神社の屋根に着地した。

 その時、しっかりとが見えた。


「え?あれ何?」

「だから、言ってるでしょ!?だって!?」


 美藤が再び放った一言を聞きながら、良く目を凝らした有間と浅河はようやくそのシルエットの正体を掴むことに成功する。


 それは美藤の言う通り、だった。その見たことのない生物に、有間と浅河は口をあんぐりと開けたまま、動きを止めていた。そこかしこに迸る妖気から、それが妖怪であることは分かったが、そうだとしても、翼の生えたオオカミが実在するはずもない。


「本当にオオカミなんだけど…」


 浅河が呆然とした様子で呟く。さっきから言っていたと美藤は全身で不満を表現しているが、有間と浅河からすると、それどころではない。飛ぶオオカミの出現など、異常事態にも程がある。


「あれはここにいたの?」

「分からないけど、二人を待っていたら、急に空から襲ってきて…」

「だから、二人で逃げた」


 美藤と皐月から状況を聞いている間に、空を飛ぶオオカミの群れはゆっくりと旋回しながら、四人の元に近づいていた。空を飛びながら数体が吠え、残りは牙を剥き出しにして威嚇してきている。

 未だ有間達四人はそのオオカミの正体が分からなかったが、そのことを考えているだけの時間がないことは分かった。さっと美藤達三人が有間の背中に隠れるように移動する。


「え?何で、三人とも隠れるの?」

「いや、だって、オオカミが襲ってきたら怖いし…」

「オオカミに噛まれたら危ないし…」

「大丈夫。沙雪ちゃんなら、美味しい餌になれるから」

「それ前に聞いたけど!?」


 美藤達が有間にオオカミを押しつけている間に、冗談で終わらない事態が目前に迫り出していた。空中を旋回していたオオカミの群れの視線が一気に四人に向き、その視線に四人が気づいた直後、それを合図のように襲いかかってくる。


「あの数は絶対に無理だよ!?」

「ああ、もう…分かったから!」


 迫りくるオオカミの群れに、このままだと有間を通過して自分達にも被害が出ると思った浅河が、オオカミの群れを拒絶するように掌を突き出していた。その掌から飛び出した仙気がオオカミの群れにぶつかり、オオカミの群れの中央で大きな爆発を起こすことに成功する。


 しかし、それはあくまで一発の攻撃であり、オオカミの群れ全てを止められるものではない。爆発で起きた煙の周囲には、爆発に巻き込まれなかったオオカミが未だ十数体はいた。その群れが煙を避けるように、美藤達のところに向かって飛んでくる。


 その姿を確認した瞬間、今度は美藤が手を伸ばしていた。美藤の掌から細かく、小さな仙気がいくつも射出される。飛び出した仙気はオオカミの群れとぶつかり、小さな爆発をいくつも起こしながら、オオカミの行く手を遮っている。


 その二つの攻撃のお陰で、オオカミの群れの進攻は幾分か阻まれていたが、それでオオカミの群れが倒せたわけではなかった。浅河の一発が直撃したオオカミは落下し、地面に倒れているが、その爆発に巻き込まれた他のオオカミや美藤の攻撃を受けたオオカミは一体も倒れていない。浅河の一発はオオカミを倒すのに十分だったかもしれないが、美藤ほどに連射することもできず、オオカミ全てを倒す前に美藤の仙気が切れ、オオカミが四人に迫ってくることは明白だ。

 その時に皐月が仙気を盾にすることで、その進攻を更に遅くすることができるかもしれないが、その時までに数が減っていないと、その盾で全てを押さえることは難しいだろう。


 このままだと追い込まれて噛み殺される。美藤や浅河が焦りの表情で有間に目を向けた瞬間だった。美藤の弾幕を掻い潜り、そこから飛び出したオオカミが三体いた。そのオオカミが皐月を除いた三人に目がけて牙を向けてくる。

 そのことに気づいた皐月が咄嗟に仙気の盾を作り出し、美藤と浅河に襲いかかろうとしていた二体のオオカミを遮った。オオカミが皐月の作った盾にぶつかり、目でも回ったのか、ゆっくりと距離を開けるように離れていく。


 その前方で、その盾から外れた有間に一体のオオカミが襲いかかろうとしていた。そのことに気づいた美藤が慌てて叫ぶ。


「沙雪ちゃん!?」


 その声を聞き、自分に近づくオオカミに気づいた有間が咄嗟に右手で頭を覆いながら、甲高い悲鳴を上げた。


「きゃあぁあああ!?」


 オオカミは今にも有間に噛みつこうとしていた。

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