群狼は静かに牙を剥く(6)

 相亀は密かに焦っていた。これまで自分よりも遅くに仙人となり、どこか先輩面というか、同世代だが気に食わない後輩程度に思っていた幸善が、未だ仙技を完璧に会得できていないながらも、条件付きで仙術を扱えるようになり、その結果、人型の一体を倒す快挙を成し遂げた。その急速な成長に、相亀は取り残された気がしていた。


 このままだと自分は役立たずに成り下がる。その不安から、相亀は自らの持てる力を更に高めようと思い、一人で演習場にやってきていた。それは今日に限った話ではなく、以前にもQ支部を訪れて、密かに特訓しようとしていたのだが、その際にはノワールを連れた幸善に発見され、密かに行おうと思っていた特訓を行うことができなかった。


 その分を取り返そうと思い、相亀はまず自分の仙気の動かし方から復習するように特訓を始める。相亀の目標は仙技のグレードを上げることだ。肉体強化が得意な相亀でも、それ以外の仙技は他の仙人の平均か、それ以下くらいにしか扱えない。最難関である武器の強化はともかく、それ以外の仙技をもう少し扱えるようにならないと、特に人型との戦いに於いて相亀は足手まといにしかならない。

 その部分を埋めるために、効率的な仙気の動かし方を把握し、現時点では得意とは言い切れない仙気の放出を実戦で用いることができる形にしようと考えていた。


 幸善と違い、相亀は仙気の放出が全くできないわけではない。幸善と初めて逢った時にその姿を見せている通り、形だけなら仙気の放出もできる。ただ爆発を起こせても、視界を眩ませるほどに土煙を立てるのが精一杯で、実際の破壊力となると煎餅を粉々にするのが限界に近い。気を集めることに注力したら、それ以上の威力も出せることには出せるが、実戦の中で暢気に気を高めている時間があるとは思えない。


 その部分の効率化、更には全体的な威力の強化。そうすることで、ようやく実戦で使えるレベルに昇華できたと言える。それでも、人型に通用するかと言われると怪しいを通り越して、恐らく通用しないのだが、最低限役に立つレベルになるには、それくらいのことは簡単にできないといけないと相亀は思った。


 相亀が復習するように仙気の動かし方から特訓を始め、十分ほどが経とうとしていた。仙気自体は消耗していないが、普段の生活の中では絶対に使わない意識の多用もあってか、相亀の疲労は少しずつ溜まり始めていた。必要以上に進めると倒れる。それくらいのことは相亀でも分かったので、少し休憩を挟もうかと一瞬相亀が考えた。


「特訓か?」


 不意にその声が聞こえてきたのは、そんな時だった。相亀が演習場の出入り口に目を向けると、そこには牛梁うしばりあかねが立っていた。牛梁の一言に相亀は迷い、最終的に口を濁す。


「いや、まあ…」

「そうするだろうなとは思っていた。頼堂が人型を倒したと聞いた時に、お前は焦るタイプだと分かっていたからな」


 牛梁の全てを見抜いた発言に、相亀は中途半端に隠したことが恥ずかしくなった。相亀がどれだけ隠そうとしても、牛梁には分かっていたらしい。それはきっと冲方うぶかたれんも気づいているということだ。何もかもが筒抜けのようで、相亀はどんな顔をしたらいいのか分からなくなる。


「何をしようとしていたんだ?」

「仙気の放出。それをもっと実戦的なものにしようと思っていました」

「そうか。そういう方法を選んだのか…」

「牛梁さんはこんなところに来ていて大丈夫なんですか?忙しいんじゃ…?」


 相亀が特訓を中断し、牛梁の方を向きながら聞くと、ゆっくりと牛梁がかぶりを振った。


「いや、大丈夫。ようやく全快して、少し落ちついたんだ」

「全快?水月が?早くないですか?」

「そっちじゃない。有間ありまさんだ」


 炎を用いる虎と山の中で戦った一件の際、かおるの匂いによって操られた佐崎ささき啓吾けいごの刀を受け、有間沙雪さゆきは重傷を負った。それから、しばらく治療期間に入り、有間隊は忙しさを増した冲方隊と同じく活動休止状態になり、冲方隊と合同でカミツキガメの捕獲をしたりもしたが、ようやく有間が回復し、復帰するようだ。

 反射的に有間隊の面々を思い出した相亀が嫌な顔をするが、牛梁は軽く笑うだけで注意してくることはなかった。


「だが、意外だった。相亀はもっと違う方法で強くなる道を選ぶのかと思った」

「違う方法?仙技をもっとうまく使えるようになる以外の方法がありますか?」

「知らないのか?奇隠の中には、一つの仙技だけを極めた仙人もいるんだ。それも、お前と同じで最も得意だった肉体の強化だけを極めた仙人だ」

「そんな人がいるんですか?」

「ああ、もしも逢ったら教えを乞うのもいいかもしれない。名前は…」


 その後に牛梁が言った名前を聞き、相亀は眉を顰めた。聞きたい気持ちは強かったが、それを聞くことは自分にはできないと思い、相亀は困ったように頭を掻いていた。

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