群狼は静かに牙を剥く(5)

 昨日の経験を活かすことなく、不審者として高校前から逃走した浦見だったが、その程度の出来事ではめげることがなかった。再び高校付近まで戻ってきて、撮った写真から少年達の正体を探ろうと躍起になっている。

 それを人は粘り強いと表現したりもするが、重戸は基本的に馬鹿だと思っていた。ただ単純に想像力が欠如しており、また同じことが起こると考えていない可能性が非常に高い。


 それでも、今度は同じ状況にならないように重戸が何らかの対処をしないといけないかもしれない。そう思いながら、重戸は浦見についてきたが、今度の浦見は多少慎重になっていた。昨日のことはまだしも、今朝のことは覚えていられるらしい。


 下校時刻を迎え、帰宅していく生徒を眺めながら、浦見は必要以上に警戒した顔で、他に人がいないか確認していた。その行動自体が怪しく見えるのだが、浦見は怪しく見えるかどうかよりも、怪しく見られる人がいるかどうかを気にすることにしたようだ。


 警察官も教師も周囲にはいない。そのことを確認してから、浦見は誰かに声をかけようと考えたようで、カメラを持ちながら、帰宅していく生徒の選別を始めた。


 ここで下手に声をかけると怪しまれ、この場にはいない教師や警察官を呼ばれる可能性がある。そこに繋がる人を呼ばれても問題なので、浦見としては警戒されなさそうな相手を選ぶしかない。

 それに声をかけた相手が仮に何かを知っていたとして、その知っていることを話してくれる相手である必要があった。話してくれない相手なら、声をかけることに意味がなくなってしまう。


 その条件に合う人物を浦見が探していることくらいは重戸にも分かった。重戸も一緒になって探してみるが、声をかけられそうな相手は見当たらない。いくら重戸がいると言っても、女子生徒に浦見が声をかけたら、すぐに牢屋に入れられそうだ。それくらいに怪しい浦見を許容してくれそうな相手は高校生にはいないだろう。


 そう思っていたのだが、浦見は誰かを見つけたようで、頻りにカメラに目を落とし始めた。


「どうしたんですか?」


 重戸が聞くと、浦見が無言でカメラを見せてくる。そこには今朝、教師に追われる前に撮っていた写真が映し出されている。


「この例の少年と一緒にいた子の隣。これって雰囲気的に友達っぽかったよね?」

「ああ、まあ、確かに。親しそうではありましたね」

「この子ってさ。あの子じゃない?」


 そう言って浦見が指差した先では二人の高校生が歩いていた。高校生はカップルなのか、親しそうに手を繋いで歩いており、その一人の男子生徒は確かに写真に写っている少年だった。


「あの子に声をかけてみようか。この少年のことが聞けるかもしれないし」

「何て声をかけるんですか?その写真を見せて、この子を知らないかって聞くんですか?」

「ああ…そこは何とかするよ」


 浦見が何とかすると言う時は大概何とかできない時なのだが、言い出したら聞かないので、重戸は浦見に任せて見守ることにする。気分は浦見の母親だ。


 浦見は重戸を連れ、例の少年と一緒にいた少年の友人と思しき少年に声をかけるために近づいていく。第一声はどうするのだろうかと重戸は不安だったが、意外にも落ちついた声で、「ちょっとすみません」と声をかけていた。

 浦見の一声で少年とその少年と一緒にいた女子生徒は振り返った。浦見を見た途端に表情を曇らせるかと重戸は不安に思っていたが、そのようなこともなく、不思議そうな顔で浦見を見てくるだけに留まっている。


「何ですか?」

「ちょっと君の友人について聞きたいんだけど」

「友人?」

「ゲンちゃんのことじゃない?」


 男子生徒の隣で女子生徒がそう言った。ゲンちゃんがあの少年のことを言っているのか分からないが、浦見はチャンスだと思ったのか、頻りに頷き始める。


「そうそう。その子のことを聞きたいんだ」

「弦次がどうかしたんですか?」

「その子が最近、何か変わったことがあったとか言ってなかった?」

「弦次に変わったこと?何だろう?あったっけ?」

「特にないよね。ゲンちゃんの付き合いが悪くなったくらい?」

「ああ、そうだな。バイトが忙しいとか言ってたな」

「バイト…?」


 その一言に浦見は何かを見出だしたのか、引っかかったような顔をしていた。ただ問題は何とかすると言っていた割に特に何ともできていない部分であり、そのことを重戸が危惧していると、少年が当たり前の質問をしてくる。


「けど、何で弦次のことを?ていうか、何で俺の友達だって知ってたんですか?」

「そ、それは…!?」


 盛大に慌て始める浦見に重戸は呆れた顔しかできなかった。また逃げ出すのかと覚悟を決めた直後、浦見が思いついたように指を立てる。


「バイト!?一緒のバイト先で働いていて、ちょっと様子がおかしいから、何かあったのかと思って、友人だと聞いていた君を探していたんだ!!」

「ああ、そういうことなんですか」


 言い訳にしては苦しいものだったが、少年は納得したようで、それ以上の追及はしてこなかった。

 ただし、その言い訳の所為で、アルバイト先について詳細な情報は聞き出せず、浦見の聞き込みは進展を見せなかった。


「バイトしていることしか分かりませんでしたね」

「どうしよう…もうちょっと聞き込みしてみようか」

「いや、今の感じだと無理でしょう」

「そんなことないって」


 浦見は自信満々にそう言ったが、十分そんなことあったようで、その後、声をかけた高校生に怪しまれ、再び逃げることになったのは語るまでもない。

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