群狼は静かに牙を剥く(3)

 重戸と浦見が高校に到着した段階で、既に登校時間は過ぎており、高校では授業が始まっている様子だった。静かな高校の様子を怪しまれない程度に外から眺めながら、重戸は浦見がこれから何を調べるのか指示を待つことにする。


 しかし、あまりに静かな高校の様子に迷っているのは、浦見も同じことのようだった。校門付近をうろうろと歩き回りながら、高校の中を探ろうとしているが、怪しまれないように気を遣っている重戸を嘲笑うように、浦見の怪しさは限界を突破している。


「ちょっと先輩…!?怪しいんでやめてください…!?」

「ええ…!?あ、ああ…そうだよね」


 ようやく自らの怪しさに気づいたのか、浦見が校門の前で一度足を止めているが、校門の前に立っていることは変わっていないので、その怪しさは薄れていない。


「いや、調べる方法が思いつかないなら、一度移動しましょうよ。高校付近で聞き込むとか言ってたじゃないですか?」

「そうだよね。それも思ったんだけど、冷静になってみると、高校生の写真を持って、この子を知りませんかって聞いてくる人、危なくない?」

「危ないですよ」

「当たり前みたいに言うね!?気づいているなら、言ってくれてもいいのに!?」

「そもそも、先輩が怪しい人だから、そこはしょうがないじゃないですか。何を調べていても、仄かに犯罪臭がしてますよ」

「言い方が酷い!?そこまで怪しくないよね?」

「絶賛怪しいですよ。高校前にいなくても、高校生を調べてなくても怪しいですよ。私が警察官なら、取り敢えず、職質をして、留置場に入れますね」

「それもうアウトな人じゃないか!?」


 重戸が浦見の怪しさを熱弁している間も、浦見は一切校門前から移動する気配がなく、そのことに重戸は多少の危機感を覚えていた。この人はこれだけ怪しいと言われても、この場所にいることで悪いことが起きることは考えていないのだろうかと、重戸は不安になってくる。


 まさか、昨日の女子校前で起きた出来事を一切覚えていないのだろうか。もしそうなら、本当に浦見は記憶を変えられていないのだろうか。そう思いながら、じっと浦見を睨みつけていると、浦見が校門から高校の中を覗いていることに気づいた。

 この人は性懲りもなく、自分の怪しさを自覚しているのだろうかと重戸が怒りかけた瞬間、浦見が妙なテンションで重戸の腕を掴んできた。


「ちょっと重戸さん…!?あれ…!!あそこにいる子を見て…!!」

「何ですか?どうしたんですか?」

「早く…!!」


 慌てた様子の浦見に重戸は多少イライラしていないと言えば嘘になるが、それを発散する以上にしつこい浦見を静かにしたくて、浦見の指差した先に目を向けていた。


 そこには二人の男子生徒が移動中だった。どうやら、体育の授業中のようで、他にも数人の生徒が何かをしている。敷地内を走っているのだろうかと重戸は考えそうになったが、それよりも、問題はそこにいる二人の男子生徒の一人だった。その生徒には重戸もどこか見覚えがあった。誰だったかと思い出そうとして、すぐに重戸の記憶の中で引っ掛かるポイントを見つける。


「あ、昨日の…」

「そう。例の写真の少年と一緒にいた子だよ。何とか、あの子を調べられないかな?」

「いや、どうやって、ここから写真でも撮るんですか?」

「ああ、そうだね。取り敢えず、一枚撮っておこうか」


 重戸のただの思いつきを良い提案のように捉えたようで、浦見がカメラを構えて、勝手に校門の中を盗撮している。これは怪しいを通り越して、ただの犯罪だと思いながら、重戸は写真を確認する浦見を見ていた。


 その時だった。


「何をしてるんですか?」


 不意にその声が校門の向こうから飛んできた。浦見と重戸が驚き、顔を校門の向こうに向けると、若い男が一人、そこから浦見と重戸を見てきている。警備員という雰囲気ではなく、どちらかというと、教師という印象の方が近い男だ。


「うちの学校に何か用で?というよりも、何か撮っていませんでしたか?」

「え…?あ、いや…」


 この時点で、重戸は既に嫌な予感がしていた。これと似たような状況を以前も体験した覚えがある。何なら、それは昨日のことだ。まさか、あの時と同じ展開にならないだろうと思いながら、重戸は浦見に目を向ける。


 そこで浦見の視線が泳ぎまくっていることに気がついた。これは危ない前兆だと重戸が思っている中、そのことに気づいていない男が校門の向こうから、更に声をかけてくる。


「ちょっと、そっちに行きますから、ちゃんと話をしましょうか」


 若い男が校門を開けようと思ったのか、校門につけられた錠前の鍵を懐から取り出している。その様子を見たところで、ついに浦見の我慢が限界を迎えたようだった。


 咄嗟に伸ばされた浦見の手が、重戸の手を掴んできたかと思うと、そのまま一目散に浦見が走り出した。それは正しく、昨日に体験した女子校前での出来事と同じである。


(いや、また――!?)


 重戸は一切振り向かずに走り続ける浦見の背中を見ながら、心の中でそう叫んでいた。軽く振り返ってみるが、さっきの若い男は浦見と重戸を追いかけてきている気配はない。

 それでも、振り返らない浦見はそのことに気づかないので、一切足を止めてくれない。


「ちょっと先輩!?誰も追ってきてませんよ!?」

「そうやって油断させて、みんな俺のことを捕まえるんだ!?」

「何!?前科でもあるんですか!?」


 以前にも捕まったことがあるようなことを口走りながら、浦見は一切足を止めずに走り続けていた。


 その足が止まることになるのは、それから数分後、限界を迎えた浦見の足が路傍の石に躓き、重戸を巻き込みながら盛大に転んだ時だった。そのことで重戸が激昂し、浦見を怒鳴りつけることになるのは言うまでもない。

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