蜘蛛の糸に秘密は吊られる(11)

 突如、正義感に駆られた相亀に変わり、突然、逃げ出した男を追いかけた幸善だったが、男は神懸かり的な運の良さを発揮し、幸善から逃げ続けていた。


 仙気による肉体の強化という反則技を持つ幸善の方が、圧倒的に走力は勝っているはずなのだが、男の運の良さはその走力を軽々と凌駕する力があった。

 男が横断歩道を渡り終えた瞬間に、信号が青から赤に変わり、渡ろうとした幸善を遮った時には、男の後ろ姿に後光を見たほどだ。


 もちろん、追いつける場面が全くなかったわけではない。

 横断歩道も幸善からすると、跳躍で乗り越えることができる程度の壁であり、幸善の動きを止めるには不十分だ。

 走るにしても、男の足の速さ程度であれば、最初のリードがあっても、十分に追いつける速さを幸善は持っている。


 しかし、それらを最大限に発揮しなかったのは、単純に目立ってしまうからだ。


 目撃者が増えると、奇隠の後処理の量も必然的に増え、幸善を調べているという雑誌記者のように、その中から逃れる人物も増える可能性がある。

 確かに明確な目撃者である男に逃げられることは問題だが、それ以上に把握できない目撃者が増えることの方が問題だ。


 自主的に制限した幸善では、男に追いつくところまでは行かず、スーパーや曲がり角を利用した男の巧みな逃走術と運の良さによって、幸善は捕まえることができずに翻弄されていた。


 そして、その結果、幸善は男を見失ってしまった。


 この角を曲がる前はいたはずだが、曲がった途端に消えたとか、ありきたりな言い訳を頭の中に浮かべながら、幸善は見失った付近を探そうとする。

 いくら男の運が良かろうと、男がただの人間である以上、男を見つけることはできるはずだ。


 そう思ったのだが、なかなか男が見つからず、少し違う道に入ってみようかと入った直後、


「あれ?何をしてるの?」


 背後に人の気配を感じるよりも先に声が飛んできた。


 あまりの男の運の良さに、突然見失ったことも合わさり、男に関して一つの可能性を考え始めていた幸善は、その気配のなさに驚き、鋭い視線を背後に向ける。

 その視線の先には驚いた表情をする見知った顔が立っていた。


「機嫌が悪そうだけど、どうしたの?」

「この忙しい時にお前かよ!?」


 思わず、そう叫んでしまった幸善に笑みを返してくるのは、幸善のクラスメイトである久世くぜ界人かいとだった。


「忙しいって何?誰か探してたの?」

「いや、別に。お前には関係ないから」


 男を見失ってしまった苛立ちが、普段の久世に対する苛立ちに自然と混ざり、幸善の口から棘のある言葉が生まれていく。

 相亀なら一発で怒りそうな言葉だが、久世は怒る気配がなく、面白そうに笑っているばかりだ。


「イライラしてるね。カルシウム足りてないんじゃない?これでも食べる?」


 そう言って、久世が手に持っていたビニール袋から何かの骨を取り出した。


「いや、食わねぇーよ!?つーか、何でそんな骨を持ってるんだよ!?」

「実は人を解体してきた後で…」

「怖いな!?」

「冗談だよ。知り合いがスープ作りにハマってて、そのための骨を集めるように言われたんだよ」

「お前の知り合いはラーメン屋でもするのかよ?」

「いやいや、ペットショップの方が近いよ」

「ペットショップのスープ作りは字面がやばい」


 いつものように久世と会話してしまってから、幸善は男を探している最中だったことを思い出す。


 久世と話している場合ではない。このままだと見失う。

 そう気づいた幸善が適当に久世と別れて、男を探し出そうと思ったところで、久世を見た。


「そういえば、お前はどこから来たんだ?」

「え?こっちだけど?」


 久世が右手を上げ、手に持ったビニール袋ごと、久世の右に伸びる道を指差した。


「その方向に誰か走ってこなかったか?」

「いや?特には誰も?」

「そうか。分かった。ありがとう」


 久世に逢ってしまったことでタイムロスしてしまったが、久世と逢ったことで道を一本探す必要がなくなった。


 そのことに礼を言いながら、幸善が入っていこうとしていた道にそのまま入っていくと、後ろから久世の声が聞こえてくる。


「何か、ごめんね」


 結果的に探す手間が一つなくなったが、話しかけられたことはマイナスだったので、その言葉に返事することなく、幸善は走り出していた。

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