悪魔が来りて梟を欺く(14)

 カウンターの上に見つけたプレート。思い返せば、あれがあそこにあるのは変だった。見えているところに書かれていたのは『OPEN』の文字だが、開店時間内ならあれが外に見えるようにかけられているはずだし、閉店していたら裏返して『CLOSED』の表記に変わっているはずだ。どちらにしても、


 しかし、あの場所に置かれていたとしたら、それはことになる。それは誰なのか、幸善は見ていなかったがある程度の予想はできる。

 恐らく、だ。店に帰ってきた仲後がそこにかけられていたプレートを見て、そのプレートを一度取ったのだろう。も想像がついた。


 そもそも、仲後が言っていたことを冷静に考えてみると不自然だった。この時間帯は仲後が福郎の散歩に出ているらしいが、その間も店は開いている。


 それなのに、この時間帯の店にらしい。店に客が来ない時間帯の可能性もあるが、毎日来ない時間帯が都合よくあるとは思えない。店に客が来ないのではなく、と考えた方があり得る話だ。

 そして、その入ってこない理由。店の中に仲後がいないとしても、余程急いでいない限りは店の中で待つことができるはずだ。店に入らない理由にはならない。そこに誰がいたとしても、それが直接的な理由と考えるには難しい。


 ただ一つ。明確な理由を一つ作るとしたら単純だ。


 この時間帯に店はそもそも。そうしたら、誰も入ってくることはない。


 それができる人物は。そのことは対面する前から分かることだった。


 幸善は風を起こし、電気を打ち消しながら、そのことを理解する。理由は問わない。問わなければいけないほどに知っている人物でもない。

 ただ巻き込んでしまった仲後を助けるために、幸善は全力を尽くすだけ。その気持ちを固め、幸善は電気の向こう側にいる人型ヒトガタに目を向ける。


 そこでは不敵に笑っていた。


「あーあ、もう少しだったのにな…」


 亜麻が不満を漏らすように呟いている。両手を振るい、ボールでも投げるように電気を飛ばしながら、残念そうに見つめているのは足下の仲後だ。


「もう少し待っていてくれたら良かったのに…そうしたら、私が何かをする必要もなく、事態は収まったのに…」


 亜麻の瞳は未だにガラス玉のように無機質で、感情の籠っていないものだった。その視線の先に倒れた仲後が瞳の中に映り、幸善は嫌な予感に襲われる。


「まあ、見られちゃったからね」


 その一言を聞いた直後、亜麻が仲後に向かって動き出した。電気を飛ばすことをぱたりとやめて、足下の仲後に手を伸ばしている。その姿に反応し、幸善は左手を向けた。


 しかし――


「待て、幸善!!そのまま風を出すと巻き込むぞ!?」


 ノワールの冷静な指摘を受け、幸善の動きが止まる。狭い空間で、敵の足下には人質がいる。幸善の起こす風は強さが増すほど範囲が狭くなり、この空間でも用いることができるのだが、そうしたら、仲後に影響が出る可能性も出てくる。


 手足のように器用に風を操る。そこまでできていたら、他に手段が生まれていたのかもしれないが、そこまでできない以上、幸善は生身で亜麻の動きを止めるしかなかった。

 仲後に手を伸ばす亜麻に近づき、幸善が拳を振るおうとする。


「やめろ!?」


 その声が幸善の口から出た瞬間か、直前か分からなかったが、その時、亜麻の瞳が幸善に向いた。その瞳の冷たさに幸善の身体が一瞬強張る。


 その瞬間、亜麻の手が軌道を変え、幸善の眼前を通りすぎた。触れることはなかったが素早く放たれた手刀に幸善は驚く。


 それから、違和感に気がついた。手刀が掠めた鼻に触れてみると、そこが微かに切れ、血がゆっくりと垂れている。


(今の手刀で――!?)


 そう思ったのも束の間、それが勘違いであることに幸善はすぐに気がついた。視線を亜麻に向けたところで、亜麻が振るった手がすぐに目に入った。


 そこにはが生えていた。


「な、んだよ、それ……?」

「そんなに驚く必要ないだろう?君はを知らないんだから」

「妖術って…電気の…!?」


 そう言った直後だった。幸善の鼓動が急に速くなり、猛烈な気分の悪さに襲われる。少しずつ視界も歪み始め、肩の上のノワールも異変に気づくほどに幸善は表情を歪める。


「どうした!?」

「分からない…けど、何かされた……!!」


 断言する幸善の視線の先で、亜麻が不敵に笑い出す。


「どうやら、が効いてきたみたいだ」


 気づけば、亜麻の爪は元の長さに戻っていた。

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