悪魔が来りて梟を欺く(13)

 店内の長いカウンターを抜けると居住スペースであった。カウンター奥にある扉がそのまま直結で裏口に繋がっており、開くとキッチンが目の前に広がっていた。左手には倉庫と書かれた小さなプレートの下に、しばらく使われていないように見える古びた扉がある。

 キッチンの向こうには廊下に繋がる扉が見え、ちょうどその向こうに福郎が消えていくところだった。幸善は靴を脱ぎ、福郎の後を追いかける。


 廊下はその先に階段があり、その手前に二つ扉があった。その一つが開き、その手前に福郎が止まっている。その視線は部屋の中に向けられており、幸善はノワールを抱えたまま、福郎の隣に移動した。


 そこで。そのまま視線を動かすと、その下に仲後が倒れている。死んでいるわけではなく、気を失っているようだ。どうして気を失ったのか分からないが、外傷は見当たらない。


 問題はそこに立つ人物だった。さっきから、こちらを見ている目はではない。感情の一切見えない目は無機物そのもので、ガラス玉が二つ穴の中に収まっているようにしか見えない。


 その二つのガラス玉を見つめながら、幸善は動きも呼吸も止めていた。状況に頭は混乱しているが、理解できていないわけではない。目の前にいる人物が誰かは分かるし、状況の整理もできている。


「何をしているんですか?」


 幸善がゆっくりと口を開き、静かに問いかけると、ガラス玉のような瞳を一切動かさずに、小さく口元が緩んだ。


「見つかっちゃった?」

「幸善!?」


 ノワールの叫び声に反応し、幸善は左手を伸ばしていた。その先から風を起こした瞬間、それにぶつかるように鋭い電気が飛んできて、風が打ち消される。


「妖気だ…」


 ノワールの呟きに事実が確定したことで、幸善は改めて目の前に立っている人物を見つめる。ガラス玉に映る自分の顔は驚きに満ち満ちている。


 その人物を幸善はあまり知っているわけではないが、少なくとも、仲後の意識を奪って平然としているどころか、歪んだ笑みを浮かべる人物には見えなかった。


 そう思ってから、幸善は自分が思い違いをしていることに気づく。


 そう見えなかったのではなく、そう見せていたのだ。何せ、人の姿をして、妖気を持った存在となると、それはもう一つしかない。


 人型ヒトガタだ。人型が騙ることも、常識が通じないことも知っている。ただ幸善が油断していただけだ。


「その人から離れろ!!」


 福郎が急に叫んだかと思うと、仲後の上に立つ人物に飛びかかろうとする。


「ちょっ…!?待っ…!?」


 あまりに唐突な行動に驚きながら、幸善は咄嗟に左手を振るう。福郎の行動は無謀としか言えず、実際、向かっていった先でその人物は片手を動かそうとしていた。


 その手の先から飛び出した電気が福郎に向かっていくが、それを福郎が受け止める前に幸善の左手から飛び出した風が電気とぶつかり、掻き消していた。その様子に電気を放った人物が舌打ちしている。

 福郎は相殺した風と電気の威力によって、元の位置まで飛ばされていた。


「行動の怪しさから何かあるとは思っていたが、まさか人型だったとは…!?私が、このような事態は防げていたはずなのに…」


 福郎が悔しそうに呟いても仕方がない。ずっと店に来ていた人物に人型がいたとは思ってもみなかったのだろう。特に店との関係が良好であればあるほど、疑いは消えていくものだ。


「まあ、こっちは妖怪って、ずっと気づいていたけどね…何で間抜けなをしているのかは分からなかったけど」


 手と手の間を電気が走り、鋭い光が何度も放たれている。遊びみたいな行動を見ながら、幸善はノワールを自分の肩に移動させる。


「そこに乗っていてくれ」

「落ちるかもしれないぞ?」

「その時は二人揃って、あの世だ」


 ノワールが幸善の右肩に乗り、落ちないように前足で踏ん張っている。その状態になったことを確認しながら、幸善は仲後に目を向けていた。


 仲後が気を失った理由は見ていないから分からない。ただ店内に入る前に、ノワールと福郎が妖気を確認したことや、さっきから放たれている電気を見るに、あの電気が使われたのだろうと推測できる。

 もしそうなら、老齢である仲後は妖気の影響を受けやすい。一刻も早く、この場所から助け出さないといけない。


 それに自らの正体を知った幸善を人型が逃がしてくれるはずもない。幸善は覚悟を決め、左拳を握り締める。


 奇隠のトップである三頭仙さんとうせんしか使えないと聞く仙術。その力を振るうために、幸善は左手を振るった。その先では人型も電気を放とうとしていた。

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